甲賀三郎・小説感想リスト昭和十年

死頭蛾の恐怖

昭和日報の新聞記者、獅子内俊次を主人公にした傑作長篇。スリラー物である。発端とも言うべき事件として、他人の土地に近づくなかれの謎の広告掲載を求める昆虫学者。そして現在も蔓延る保険金の恐怖、敵か味方か謎の女、恐るべき病魔、万延する赤死病の事件などであり、獅子内自身が事件の渦中どころか、結果的に被害を拡げてしまうことになってしまうなど屈辱的な役割も演じてしまう。この難事件を獅子内は如何に凱歌を上げることが出来たか!? 少し法律的探偵小説な要素もあり、また赤死病の謎とそれに連関する獅子内の密かなる危難も面白い。ただ事件の中心とも言える豊の流れ先の偶然! が少し残念である。この点を付け刄的でもいいから論理的に説明して欲しかった点と言えよう。また探偵小説的トリックが全く散見されないのも物足りなくはあるのも残念な点。とは言え、獅子内の名セリフが多いし、読ませるプロットがさすがと言う事で楽しめる作品であるのは間違いない。
私的相対評価=☆☆☆

月光魔曲

クロフツの「海峡の怪奇」を高笠が退屈を感じつつもラスト近くにはいつの間にか魅入られて読了した所からはじまる。そして高笠の口を借りて、「不快味」は探偵小説の大切な要素でないとし、自らの考えを改めて表明している。少し興味深いのでそのうち引用してみるかも知れない。
と、それはとにかく「月光魔曲」だ。これは素晴らしい秀作である。冤罪らしき事件を扱った法律的探偵小説で、なぜあまり話題にならないのか不思議なくらいである。少し葛山二郎的な錯覚を用いた証拠返しで、月光下の盲点を利用している。アリバイになる証言の食い違い、他の目撃証言など不利な状況を、当時あった陪審裁判でどう逆転させることが出来るだろうか!? 未解決という中途半端に見えてこれこそ法廷の勝負そのものなのである。
私的相対評価=☆☆☆☆

血染の裸女

同居人の失踪。直子は蝶子の失踪を警察を届け出た。蝶子は結婚を間近にしていたにもかかわらずの失踪。調査していくと勤め先の里野ドクトルや直子自身、また謎の女が浮かび上がってくるなど不可思議である。さて、蝶子の行方とその失踪事件の裏にあったものとは、というスリラー。

本作は中篇である。犯人の動機面は面白いものがあるが、血染の裸女のトリックが探偵小説的に狙ったものではなく、全くただの偶然であるところが惜しい。それと小説的点であるが、主人公の刑事があまりにも思い込み激しい自分勝手な者であるのは決して笑うところではないのだろうが可笑しい。
各章に章題があるので羅列しておこう。【菊村蝶子の失踪】【里野ドクトル】【事実第一】【溺愛】【東松原二丁目】【蝶子の墓】【喚問】【光江の母】【血染の裸婦】
私的相対評価=☆☆

犯人のない犯罪

田舎だった時分の吉祥寺に隠居に来た老医師は隣家の仲良し夫婦と知己を得るが、そこに無礼千万な男が居候するようになった。そこからついに殺人事件が発生するが、犯人のない犯罪。さてその真相は?
一人二役という点はわかりやすいが、真相と誤解、どちらも有り得るという意味で更に面白さが増していると言える。
私的相対評価=☆☆☆☆

闇とダイヤモンド

新国劇七月上演脚本 探偵劇の探偵戯曲だ。成金の親父は関西弁で、その成金精神ゆえに娘に今の恋人と離れさせて、華族とくっつけようと策略するのだ。そして披露の村の宴会で、自慢のダイヤモンドも公開するが、突如の闇、ダイヤは立ち消えてしまった。この二転三転する謎は!? そして怪盗の真意とは!?
私的相対評価=☆☆

黄鳥の嘆き

単行本収録の際に「二川家殺人事件」と改題された。まだ華族二川家のまだ若い主重明は何を思ったのか日本アルプスの乗鞍岳の雪渓を掘り始めた。その最中の急死なのだ。先代から長く付き合ってきた友人で弁護士の野村は父親の残してきた二川家の秘密資料、更には重明の残してきた遺書を読み、華族家を継ぐ重明の叔父にも殺人に加えての嫌疑も深まっていくが・・・、さて。と言うような展開で、読ませるプロットの妙はさすがの面白さというしかない。ただ残念に思うのは、あまりにもラストがバタバタしすぎていて、あっけななすぎだと感じられたこと、それに伴う設定に無理がありそうな秘密も秘密のまま終わってしまった事である。
私的相対評価=☆☆☆☆

歌う人形

タイトルの旧仮名遣いの扱いは悩ましいが、旧仮名遣いのままなら「歌ふ人形」。
借金で困窮していた発明家の妻は鎌倉の借金取りの家へ向かったが、そこには 盲目の男が住んでおり、借金取りはいないと思われたが、銃殺された借金取りの死体、 そして傍にはオルゴールで歌う破損した西洋人形が! 果たして、事件の真相と歌う人形の秘密とは? という展開。
短編らしい物語の圧縮ぶりが偶然の力を借りる形にはなっているが、 不可能を可能にする歌う人形の謎は実に単純明快でわかりやすいのは探偵小説として良い点だと思う。
私的相対評価=☆☆☆

将棋の神秘

完全無欠のアリバイの陰に隠れたる将棋の神秘!実力者だからこそ可能な業だった。なかなか面白い木村清探偵シリーズ。ちなみに将棋と言っても「悪戯」とは全然違う。
【追記】後日気がついたことだが、昭和二年あの作品とほとんど同じメイントリックであったのが(笑)であった。
私的相対評価=☆☆☆

支那服の女

支那服の女は元は日本人の女。主人公の旧友である。その支那服の女と主人公は上海で会ったのである。そしてのっぴきならぬ依頼をされた。主人公は探偵局に勤める女探偵、上海へはある事件のためにも向かう事になっていたのだが、何も掴めず自由行動も許可となり、旧友に会って親切に旧友の頼みを引き受けたのだったが・・・、そこが恐るべき奸計だったのである。
私的相対評価=☆☆

ものいふ牌

残念ながら、私が読んだ本は前半(90頁中16頁)が破れていて読めなかったが、それが前半だけに内容は十分に理解出来た。その表題の示す通りに麻雀中に起こった銃による殺人事件である。しかも麻雀そのものがトリックの一端を担っている点が興味深い。まさにものいう牌だ。その鮮やかなまでの本格トリックに支えられた中篇探偵小説で多くの圧倒的な嫌疑者が登場する中で美事に事件を解決する。筆者の趣味の麻雀を使った点での興味はもちろんなかなかの構成とも言える面白さ。
私的相対評価=☆☆☆☆