甲賀三郎・小説感想リスト昭和十二年

食人鬼の函

ひとくいおにのはこ、と読む。博士は警官に時間を尋ねると、思った時間と大きく食い違っている。しかも博士は葉巻の論理から間違いないと言い張る、この不思議。その夜博士はある家に呼ばれラジオを聴いたのだ。それが恐るべき殺人事件の序曲だったとは! 食人鬼の函は、殺人の引き金を引いたのである。ああっ、何たる悪漢、奇計すらも物ともしないと言うのか!? しかし悲劇だったのである。
私的相対評価=☆☆

洞窟の癈鬼

大陸での軍事活動で武功を立てたものの名誉の戦死を遂げたと思われていた男が実は辛くも日本へ生還を果たした。 それにも関わらず男は家族もろとも姿を隠してしまった。 許嫁の女は、その理由を知りたく執拗に男を追い続けたのだったが。という展開。
その時代の考えをダイレクトに知ることになるが、本作は癩病(レプラ)に関わる話となっており、探偵小説ではなく、 大陸の洞窟の打ち捨てられた憐れな癩病人達と過ごしたことによる、病気の精神作用についての作品だ。
当時の社会認識の中で、大きな誤解による様々な破綻もありうるという意識の危険を描いたものと理解したい。
私的相対評価=☆☆

光る斑猫

怪力少年、忍術少年、そして主人公が知恵に優れた探偵少年なわけで特殊に秀でたな少年が出てくる少年物。
主人公の妹が誘拐されてしまい、光る斑猫を要求されてしまうという序盤だ。
忍術少年を使った恐るべきまでの計画や光る斑猫の謎のさながら、 子どもにも容赦なき甲賀三郎だけに妹を助けるまでのサスペンスはなかなか面白いものがある。
諏訪湖畔が舞台になっていたり岩窟が出てきたり、もしかして甲賀三郎伝説を意識したのかもしれない。
私的相対評価=☆☆☆

銃声の怪奇(丘の家の殺人)

別題で載った昭和十六年「探偵小説名作集」というアンソロジーで読了。
小田急線沿線の田舎町の丘の上にある電気仕掛けの瀟洒な木造住宅を警視庁の警部は訪ねた。 贋造紙幣事件の調査で念のために訪問したものだったが、身体が不自由な主人が電動車椅子を使っていただけのようだった。 その後、警部はその近所のコンクリ作りの無味乾燥な屋敷の主人がナイフで殺害される事件に巻き込まれることになる。 同時に秘書の女が監禁され、電気仕掛屋敷に前科者が雇われていたり、アイヌの母息子も登場するなど事件の真相は謎に包まれるが、 事件の直前に鳴った銃声こそ怪奇なのだった。
勧善懲悪に成りきれていない所が、まさに人間臭くもある復讐劇。銃声の使い方は少し面白いように、圧倒的に別題の方が相応しい表題になっている。
私的相対評価=☆☆☆

果樹園物語

初めて探偵助手にされた田舎男を語り手にした軽妙な探偵小説。田舎男は探偵からの依頼に断るのに必死だった。やれ事件が同じ田舎でも土地が全然違うとか。しかし結局氏家探偵に丸め込まれて、エライ目に遭うことになる。事件は評判のいい相思相愛中の娘が銃殺されてしまったという事件で、男の方も果樹園を持っている家。ここ最近、その果樹園が枯れて危機に陥っているという要因と関連して、娘と男が討論していた所から疑われてしまっていた男。その事件を黒こげの木箱一つから解決に導いていく話。話的には中世の昔話に出てきそうな程度のもので大したことはないが、田舎者の視点で探偵を見ている点は面白いだろう。
私的相対評価=☆☆

瞼の鐘撞堂

駅から村へのバスが出来たため、途中の旅館は寂れていたが、そこになぜか重い荷物を持った紳士が一人やってきたという筋。 なんでも幼少時の恩人がいる瞼の鐘撞堂を探しているという。魅惑的な表題ともなっている幼少時の話はなかなか良く出来ているのだが、その一方、肝心の重い鞄の不思議から成る結末がかなり間抜けというしかないのが残念なところか。
私的相対評価=☆☆

霧夫人

<2012/1/09記載の感想>
初出の「キング」昭和12(1937)年4号(4月1日発行)における副題は、「少年と母」、「ラムプの下で」、「高原の殺人」、「真犯人は?」、「夢の女」、「二人の妹」となっている。
編集者らしき者が入れた文頭句としては「高原霧ヶ峰ホテルの雪の夜―期せずして目撃した奇怪の殺人―疑問の美女二人・・・」

タイトルは「マダムきり」と読む。上諏訪地方のスキー場で、主人公の私は子連れながら若々しい夫人と出会う。霧が濃い中で出会ったので主人公が勝手に霧夫人と呼ぶことになる夫人である。主人公も霧夫人も中年スキーヤーだったが、実のところはホテルに宿泊してスキーをすることが目的では無かった。半年前の殺人事件の舞台にやってきていたのである。

半年前の事件とは、脅迫者の男が部屋で殺害されると言う事件であった。『夜中に間違って、他人の部屋に入って、ドアのノブが外れたために出るに出られなくなってしまったと思ったら、その他人が寝ていると思いきや、その実死んでいた』という可哀想な男の描写がなされ、この男が被疑者となってしまったが、つい先日、不起訴となったばかりであった。

脅迫された二人の妹、二人の人間が殺人現場で各様に行動する。実は主人公は真犯人を知っていたが、全ては幻。霧夫人との会談は円満のうちに終わるのだった。

法律的探偵小説を好む甲賀らしい冤罪回避が見られる一方で、殺人黙認という夢幻もあるという一風変わった手法の作品となっている。


<2002/12/8記載の感想>
怪奇犯罪綺譚である。スキーもやるような雪山、その山上ホテルに、霧の激しい中にあって、目指していた主人公の探偵小説家は、その途次、ある母親とその少年に出会う。目的地は同じようであった。そしてその目的地こそ殺人事件のあったホテルなのである。既に別の男が逮捕され、最近になって漸く無罪を認められたと言う事件。犯人は余所にいるのだが、それが霧夫人の今回の動機にも繋がっていようとは!? 怪奇な綺譚の中に魂の休まりもある本篇。主人公の探偵小説家と霧夫人の世を忍ぶ共通項とは何であったろうか。味を全体出し切れているとは言い難いが、それなりに奇妙な情味を楽しめる作品ではあるだろう。
私的相対評価=☆☆☆

宿命の敵手

敵手は「ライバル」とルビがある。
会社の営業課長の主人公の田代は、後からやってきた藤崎とは、小学校の頃からの敵わない因縁があった。
頭脳ではなく、性格の問題で、田代が出来ないことを藤崎は簡単にやってのけるのだった。
それは仕事も女もそうであり、田代は今回の大口契約の問題でも藤崎と競合し、勝てぬと最初から苦しい思いを抱いているのだったが。
元々探偵小説として書かれていないためか真面目が一番という教訓を伝える普通小説にすぎない。
私的相対評価=☆☆(非探偵小説)

謎の女

ゾッとする感覚が何か面白い謎の女の恐怖。感づいたときの主人公の心持ちは如何なるものか。主人公は偶然前に一度会ったという男に出会い、彼が結婚し美しい妻を得たから、招待したいという誘いに困じかねて家に行くことになった。それが悲劇の始まりであったのだ。妻はいつまで経っても帰ってこず、直に電話で連絡を入れるも泊まりになると言う。しかも妻の肖像画に何かしらの見覚えを感じた主人公も興味を感じて、思わず待ちぼうけ、泊まることになった。さて、謎の女の謎たる所以はどこにあったというのだろうか!?
私的相対評価=☆☆☆

南洋蘭とラジオ

初出誌の編集部が付けたと思われる文頭句には次のように記載されていた。「姉さんの一大危機とラヂオ、優しい人と恐い顔つきの人、どちらが本当に恐ろしい人か? あんなに小言を言われた僕のラヂオ狂が意外の大手柄!」。

九十九里の電気も通っていない田舎が舞台。南洋蘭詐欺というものがあって、まず詐欺師が良民に苗を売って、良民が苗を蘭に成長させたら、それを詐欺師が良民から高く買ってくれると言うシステムなのだが、詐欺というのはまず最初だけシステム通りに高値で買い付けて信用を得、続けて詐欺師が良民に苗を大量に売った後で、詐欺師がトンズラを決め込み、良民が苗を成長させても、誰も蘭の買い付けを行わないという詐欺であった。その詐欺が九十九里の田舎の農村まで拡大していたのだ。
その危険を救ったのが、少年主人公が組み立てていたラジオ、ラジオニュースだったという話。
人は見かけや上っ面の性格だけで判断してはいけないという教訓を含んだ少年物っぽい話となっている。
私的相対評価=☆☆

蛇屋敷の殺人

これは物凄い傑作中篇だ。手塚龍太弁護士シリーズの恐らくラストと思われるが、その本格度は圧倒的と言っても良いはずだ。二重三重の用意周到な犯罪トリック、更に隠し方のトリックも本格味と怪奇味のW、怪奇味についてはまさに蛇屋敷に相応しい。原田警部と手塚龍太の二つの推理が双方ともに論理的に美事。さて、蛇屋敷の主人の奥さんの死体と銃声の謎は如何に!?
私的相対評価=☆☆☆☆☆

四人の嫌疑者

湘南海岸の浜辺にて銃声が鳴り響き、近くの別荘に住む相場師の男の死体が現れた。現場には打ち捨てられた拳銃、そして謎の犬の足跡が残る。
四人の嫌疑者は間違えた名前入りの小切手を本人から受け取っていた強請の女とその従者、死んだ男に虐待されていた妻、そしてその昔の恋人。
果たして四人の嫌疑者は真相を語るのだろうか? という展開。
読切小説という大衆雑誌に載る読み切り小説に相応しい作品という感想で、特に深い感想を持てない作品となっている。
私的相対評価=☆

血染の電話機

前日に殺人があったアパートの部屋から真夜中に、アパート管理室に何度も電話の呼び出しがかかってくるという怪奇。その部屋は密室状態になっており、誰もいるはずがないのだったが、 意を決して観に行った管理者たちが遭遇した血染めの電話機とは、いったいどのような秘密を持っていたか。
密室物で不可解な電話など興味を引くところはあるのだが、真相の方はやや肩すかしといったところか。実に現実的な怪談の一方で、アパートの秘密の部屋というものは現実的とは言えないだろう。
私的相対評価=☆☆

富江と三人の男

二十歳の女学校出の富江は父親を亡くし、母親と少年の弟を支えていかなければ行けない立場になった。そこで会社員をしていたのだが、そこで現れたるは人事を握る課長のセクハラ。富江のプライドはそこを拒否し、富江は職を失ってしまう。その後も彼女は苦労する。飲食店で支払い時にがま口を無くしている事に気が付くという危機を救ってくれた成金老人が実は好色なエロ爺であったりしたというのが二人目の男だ。富江も富江で正常な思考が麻痺してしまったのだろうが思わぬ怪盗ぶりを発揮。しかもその危急的犯罪行為が最終的に第三の男を通じて、富江とその一家の危機を救ったのだから、この物語は皮肉に満ちているとしか言えないだろう。世の中の善悪の基準に疑問を投げかけてしまう一編である。そしてこの時代の女会社員の苦労もよくわかってしまう作品。
私的相対評価=☆☆

月魔将軍

中秋の名月の頃、主人公は休みを取って、山に登る。しかし目的地を指し示す表示がどういうわけか虚偽であったため、山の中の一軒家へ辿り着く事になる。そこには既にある姉弟も同様の理由で紛れ込んでいた。そこで起こった綺譚である。まるでお伽話のような展開であるが、土蔵や蝋人形が揃っていたりする所は乱歩的ながら怪奇な雰囲気には必要不可欠だ。そして満月。この狂気を生む源が全ての元兇とは、まさに恐るべき月魔将軍。主人公の夜中に網膜に写ったものは、有り得ない光景。そして翌朝の事件! 何だか変な味のする作品だが、怪奇綺譚としては悪くはない。が、月の魔力の効果は繋がりとして弱いのは否めないだろう。
私的相対評価=☆☆☆