甲賀三郎・小説感想リスト昭和十七年

町の良民

初出の「キング」昭和17(1942)年2号(2月1日発行)における副題は、「殺人事件」、「細君の恐怖」、「物資愛護」、「左利き」、「夕刊の買占」となっている。

「町の良民」というタイトルからは意外に思うところだが、探偵小説だった(ちなみに目次にも「探偵小説」とある)。床屋の親方久保田粂吉が主人公である。空き巣に若奥さんが殺害されるという話しを散髪の客と交わすということが発端となっている。既に対英米戦が始まっているという時局柄ながらも、殺人事件発生時には新聞記者や野次馬の行動パターンが平時と変わりがないという描写がされている点が興味深い。

その時の客が競争率の高いアパート入居に成功し、その掃除中に見つけた赤錆びた使い物になりそうもない片刃のカミソリが事件解決の糸口に繋がるという展開に、探偵小説的な興味が僅かながも含まれているところがこの時期の作品としては、それだけで貴重といえる。

結果的に貴重な金物を大事にするという物資愛護精神を発揮した粂吉親方こそ「町の良民」として、新聞に取り上げられ喜色満面な粂吉親方こそ本作のメインテーマにあるにせよ、 特にスパイなどが絡むわけでも、軍事転用出来るようなSF要素が出てくるわけでもなく、一般市民だけが登場し物証を元に犯人を推測するという探偵小説を大衆雑誌(「キング」)に発表していたという事実こそが重要だろう。

ちなみに時局を記すものとして参考程度に挙げておくが、この作品が掲載された「キング」昭和17(1942)年2月号の巻末の読者募集には「米英撃滅の歌」が募集されている。賞金は30円なり。
私的相対評価=☆☆

要塞地図

<2011/11/20記載の感想>
初出の「キング」昭和17(1942)年6号(6月1日発行)における副題は「終列車」、「スパイは?」、「一つの頼み」、「顫[ふる]へる棟梁」、「地図の秘密」となっている。

舞鶴発敦賀行きの列車だったが、小浜駅過ぎで事件が発生した。ロシア語の書き込みがある舞鶴の地図が見つかったのだ。乗り合わせる二等車両から降りてはならないというスパイ捜しの緊張感が走った。そして列車は敦賀駅に到着したが…という展開となっている。

手前の粟野駅でのやり取りはもちろん、根本ともなる要塞地図そのものに仕掛けが施してあるなど、スパイ小説の殻をかぶりながらも中身はしっかり探偵小説となっているところが見事と言えるだろう。



<2002/5/8記載の感想>
小浜近くを走る列車の中で突如拾われたロシア文字の書き入れの入った舞鶴の要塞地図。果たしてこれはスパイの存在を意味するものなのか!? 終点の敦賀で取り調べる事にその車両に居合わせた人達の間で何とか決定したが、そのスパイの正体とは!? さすがの甲賀であり、スパイ小説の皮を被った謎解き犯人捜しの探偵小説を仕立て上げている。もっとも、推理根拠には決定性に欠ける薄弱性はあるが。蛇足までに私の本名字の登場人物が登場していたのが嬉しい限りだ。小説で見たのは、砲術で有名な実在の人物を除くと、おそらく初めてである。
私的相対評価=☆☆☆