甲賀三郎・小説感想リスト昭和四年

女を捜せ

読み方は《シェルシェ・ラ・ファンム (Cherchez la femme! )》フランス語である。
犯罪を探し求める男の物語。犯罪の陰に女あり、という法則(ことわざ)のようなものを逆説的に解釈し、彼は女を捜して、求める犯罪にぶつかる、という奇人である。その彼は主人公の友人。感想としては、本格としての材料提出など面白い面も多々あるが、どうも頂けない部分が多い気がする。そもそも題名の暗示が全然重要視されていないのである。それに中編という長さの割にどうも結末も大したことのないあっけない感じもある、それに過去の事件の探索と言うせいでもないだろうが、何か探偵小説的魅力を欠いてるような気がする。もちろん怪奇味がないとは言わないし、謎もなかなかクロスしていて面白いのだが。
私的相対評価=☆☆☆

消え失せた男

<2006/06/04 感想第二版(刷新版)>
木村清シリーズ。木村探偵事務所のタイピスト加藤美津子は5分ほど出勤時間を遅れてしまった。その出勤時に、事務所の扉からは不精髭の男が出て来るではありませんか。それが驚くことに木村探偵の指摘で指名手配中の銀行強盗犯人と似ていることが判明したのです。木村探偵は美津子にこの件について、美津子に突飛な提案をします。女探偵指名です。深夜のカフェでこの男を見張り尾行するのが任務だったのです。美津子は探偵などというものは初体験ですから興奮してしまうばかりですが、現場では驚くことに警視庁の山田警部も出張っていました。結果的に拐帯犯尾行は警部と美津子が別々に追うことになったのです。そして辿り着いた先が、また別の事件の紛糾していた最近殺害事件があった家なのです。それは芸能界で名を馳せた女ったらしの中年が、手をつけたらしき女の恋人に殺害されたと見なされている事件なのです。その後、拐帯犯人は家の中へ消えてしまいました。木村探偵も事件に加わり、これら二つの事件解決に尽力するという展開です。

消え失せた男のトリックはプロットの妙味も手伝って、気が効いた形で面白く読める。それに珍しいとは言わないまでも、その消え失せた理由やその他諸々の理由も明確に説明している点も好感度は高いと言える。2つの事件の融和性も絶妙であり、複数の事件を絡める甲賀三郎の手腕が上手く行った例に数えることが出来るだろう。くわえて女探偵美津子の探偵として活躍しているといった異様な興奮も楽しめる要因であり、特長がないと叩かれることが多い木村清探偵もこの話だけを読むとウィットに富んだ愉快な人物のようにも見える。惜しむらくは美津子の姿が他の木村シリーズに確認できないことである。当時としては女探偵のネタは、日本では珍奇で特長的なものになったのではないだろうか。
私的相対評価=☆☆☆☆

<2001/6/18 感想初版>
木村清活躍譚であり、意外な謎が面白い話。木村清探偵事務所タイピストの加藤美津子が女探偵として活躍し、その木村探偵と美津子のやり取りも少し面白い。ある殺人事件の被害者の家で女探偵美津子と山田名警部が追跡していた全く別の事件の犯人と寸分違わない男が消え失せてしまった。その消え失せた男の謎と殺人事件の真相が絡み合っているのである。
私的相対評価=☆☆☆☆

白紙の命令書

探偵の早瀬は元は中国の黄龍団なる犯罪組織の一員だったが、今では探偵である。今、偶然、その首領がダイヤモンドを狙っているといい、早瀬は命を賭して対抗してダイヤを守る事になったが・・・、さて? そして忠実な警察官が謎の取った行動の秘密に白紙の命令書が絡んできそうな感があったが、何分白紙である。この二重の盗みのテクニックともなった白紙の命令書の秘密とはいかなるものだったか!?
私的相対評価=☆☆

都会の一隅で

長めのコントといった作品だ。盗品売買の店に大阪の禿七を名乗る男がダイヤを売りに来たと言った展開から、一儲けするために二人の盗品売人と禿七の三人による騙し合い。 このまま凱歌が上がると思いきや、やはり最後にはオチもある面白い探偵コントに仕上がっている。
私的相対評価=☆☆☆

富豪の証明

<2006/06/04 感想第二版(刷新版)>
実業家で富豪の針山一馬氏の元へ暁け方に警察から電話がかかってきた。こんな不愉快な時間の電話の内容は、吉田仁吉の不在証明[アリバイ]についてであった。なんでも昨晩仁吉が犯人に相違ない殺人強盗事件が発生していたというのだが、その仁吉が昨晩は針山氏と一緒に過ごしていたというのである。警察は針山氏に確認をしてきたのだ。針山氏としては事実と答えるしかないし、西シベリヤで死んだ息子を世話した仁吉が悪人とは思っていないのである。警察は仁吉が証拠の強奪物を所持していた点、また前科多数の悪人であると知り尽くしているので何とか不在証明[アリバイ]を崩そうと躍起になるが…という展開。

富豪の証明とは、金持ちが金持ちたる証拠という意味ではなく、富豪と一緒にいたという犯人側のトリックのことである。犯罪トリックは2つ出て来るが、いずれも当時でもごく知られたものであり特段興味深い点は見えないし、そのトリックの有効性も一時逃れ的なものにすぎないため、本当の犯人ならば選択出来るわけがないものである点が苦しい。興味深いがあるとすればこの時代の警察の職業倫理であろう。このような弁護人を詐称するようなことをすれば、現在ならば間違いなく問題となり、下手をすれば最悪の事態にもなりかねないだろう。
私的相対評価=☆☆

<2001/6/18 感想初版>
タイトルの意味は富豪が証明してくれたアリバイのこと。ある殺人事件の犯人は明らかだというのに、社会的に善の信用ある富豪と一緒にいたというアリバイは完璧。しかし真相は馬鹿馬鹿しいもので、駄作であろう。
私的相対評価=☆

強盗

大言壮語した手前、自らの理論に従って主人公は泥棒に真正面から論戦を挑んだのだったが、説得してなお、当局に訴え出てしまったのが運の尽きだったのかも知れない。後者は比すべくもなかったのである。主人公は哀れに体よく危機負担に利用されたのだ。ああっ強盗を甘く見るなかれ。
私的相対評価=☆☆

奇声山

(2017/5/5に記したもの)
甲賀三郎作品と他の新青年ものとまとめて読んでいた2001年に書いたものはいくらなんでもフェアではなかった。しかもワシが甲賀三郎ファンになる前ゆえに、期待のベクトルも誤っていた頃の思い込みも手伝ってる。
本作はユーモア志向の社会の哀愁すら感じさせる作品であり、探偵小説として読んだら最低評価になるのも仕方がないが、実に奥が深い作品となっている。

奇声山とは、会社の臨時雇いで雇った中年のあだ名。その奇声山は本人の意志とは裏腹な点もありつつも会社に笑いをもたらす人気者になっていた。しかしあくまで臨時は臨時ということで、その奇声山は会社に残るために一計を画策する。その画策に会社のマドンナ的な女性を巻き込んでしまったゆえに、ユーモアでは済まない現在にも通ずる時代の哀愁漂う作品になりえているのが、何とも言えぬ味となっているのだ。 私的相対評価=☆☆☆
(2001/7/4に記したもの)
全然大したことはない。奇声山というのは、角力が弱いことと、奇声で謡う持ち主だから付いたあだ名であり、これはその奇声山が臨時雇いから、准社員になるために仕組んだ奇計の物語なのである。ユーモア探偵小説であるのだろうが、でもやっぱり凡作に過ぎない。
私的相対評価=☆

池水荘綺譚

銅羅門武龍男爵は由緒ある英国貴族・男爵様である。そう、英国男爵。そして養子として兄弟の子供、讓次と瑠璃子がいるのだ。なぜか英国を舞台にしているので日本語名を使用しているのは全登場人物に通じる事。話自体は、英国とは特に関係なくその意図は謎である。リュパン風の愛とサスペンス探偵小説で、甲賀流の結末方法は快い。讓次は大尉をしていて久々に帰宅したが、不名誉な撤退を命じた挙げ句部隊を全滅させたという話が拡がっていて、武龍から追放を受けてしまう。ある部下に陥れられたと感じた讓次はなんとか濡れ衣を解いて名誉を回復するべく考えるが、そこに疲れ果てていた讓次を泊めてくれたのが池水荘だったのだ。そしてその日に起こっていたもう一つの事件。それが土井禮の脱獄だった。彼も又陥れられ、結婚式の日に恋人と引き裂かれただけでなく、牢獄に入れられていたのだ。しかも恋人はそれが原因で気が狂ってしまっている。何という不幸か! その恋人を保護している男、それが池水荘におり・・・、という展開で、不名誉返上の闘いと恋人との幸せを得る為の闘いが始まるのである。知恵と知恵の勝負。更には別の復讐者も現れ、意外な味方も手に入れる・・・。さて、どのような道が彼らの名誉の回復の前に待っていただろうか! なかなかハラハラさせられるサスペンス小説で、英国設定には謎過ぎだが、面白いと言えよう。ただ綺譚というタイトルほどに奇を感じる事もなく、どちらかと言えば、奇怪というより、現実的に近い小説であるし、池水荘という館で殺人が起こると言う事も全くないなど、期待すべき探偵小説には些か物足りない部分も多いと言える。そう、殺人がない探偵小説で悪漢の秘密を完全暴露し、その結果主人公たちを幸福にするという話なのである。それでも特に兄弟姉妹親子などをキーワードにこの池水荘綺譚では仁愛と決裂、そして恋愛力などが絡んでくる面白さがあり、感動を呼び起こすのだ。
私的相対評価=☆☆☆

短銃・宝石・短銃

日曜のページのラジオドラマ、として掲載されていた探偵戯曲。短い戯曲ながら面白い展開である。探偵の持っている紅玉[ルビー]を狙う悪漢。短銃の向け合いと毒の心理戦、そして意外!エッセンスは十分揃っている。
私的相対評価=☆☆

隠れた手

やや長めの中篇と言うべき本格探偵小説。恐るべき隠れた手の犯罪。主人公の高浜が巻き込まれた、というより結果的に演出することになった二つの紙片の謎。政治家への道にある悪習が引き起こした恐るべき悪意。犯人と複雑なプロットに支えられた真相とは!?
私的相対評価=☆☆☆☆

風のような怪盗

義賊葛城春雄の活躍譚。吝嗇家の金貸の鷲山という男は相手の弱味を握り脅迫して強請るという最悪の犯罪者。義賊がそれに動いたのだ。風のような怪盗、出入りした形跡がないのに策動する恐ろしさ。さすがは葛城春雄だと言うべきなのだろうか!? さて、この事件に襲われた大河原夫人の運命は!?
私的相対評価=☆☆

二十一世紀の犯罪

未来の世界漫談集という特集として、3ページ掲載された、ほんのちょっとしたコント。交差点では自動車と歩行者が恐るべきまでに行き交い、自家用航空機も普通に飛んでいる。 その航空機から墜落した者がいるというが、計算が合わない。死体溶解液とか出てくる完全犯罪コント。70年前が旧幕時代で70年後が21世紀という時代を考えたら、昭和4年時点では想像も付かない遙か未来ということなのだろうとは思うが、完全犯罪コントで終わらせず、それでも捕まえる発明が欲しかった。
私的相対評価=☆☆

紅い霧

探偵小説家の主人公は酔っ払っていたが、ふといきなり目の前に紅い霧が出現した。どこも見るも紅い霧、これは一体どうした事か。そしてその状態のまま酒場に迷い込み、ついには包丁片手に女給を追い回す体たらく。しかしその実、それは恐るべき殺人事件。二人いた女給は両方倒れていたが、一人は逃げまどい、一人は真に死んでいたのだ。これはいかなることか! 探偵小説家の運命や如何に!? そして紅い霧とは?
と言うような展開で、取るにたらないものながら、それなりの面白さも踏まえている。プロバビリティの犯罪と科学トリック。
私的相対評価=☆☆

発声フィルム

完全犯罪のアリバイ作りの最高の手、それが発声フィルムであるはずだった。しかし異様なところに陥穽があるもので・・・・・・。
私的相対評価=☆☆☆

幽霊犯人

再読してみて、拳銃の殺人トリックはとても素晴らしい。序盤と終盤は素晴らしいので、本作の問題は中盤にある。
その長いだけの中盤の多くが引き延ばしにしか見えない通俗的な展開となっている点が、長編探偵小説としての本作の評価を下げてしまっているのが惜しまれるところだろう。

(以下は2002/11/11に記したもの)
通俗味は些か強すぎる感もある新聞連載長篇。親子喧嘩をしてしまった直後に、父親が殺害された。しかも第一発見者が息子であり、銃声直後にも関わらず、犯人の姿が部屋にはないのである。しかも立ち込めていたという煙。そして扉以外では脱出路になりそうなところは窓しかないのだが、そこには伯父と秘書がいて、犯人が逃げられた道では有り得ないのである。更に悪い事には、親子喧嘩の原因たるのが息子の恋愛であり、息子が、金持ちの兄(息子の伯父)の後継人になるだけあって父親はその恋愛を許せずに、その恋人を、時を同じくして起こった宝石指輪窃盗事件の犯人だと決めつけてしまい、その娘は結果的に失踪したあげくに崖から身を投げたとまで考えられた事で、息子は父親殺しの廉で窮地に立たされてしまったのである。さて、この場合に息子が犯人でないのは探偵小説の常道であるが、といえども、見えない幽霊犯人の正体は一体誰だというのか!? 確かにトリックだけを見れば、甲賀三郎十八番の理化学的トリックが炸裂しており非常に面白いのだが、それは中篇ならともかく、これ一つで長篇をもたせるにはかなり退屈を感じざるを得ないと言える。しかもプロット中に偶然があるのは、無駄を省くという言い訳がたつが、決定的場面で、全くの偶然、探偵にも犯人にもわかるはずがない偶然が起こって、決定的証拠を得るに到るいうのはいくら何でも頂けない所である。つけ加えて言えば、ある犯罪は解決したが、将来的に考えて、この一家的には何の解決にも繋がっていないというところも大問題としか言いようがない。探偵小説的には無関係といえども、見逃すのはどうかと思う。と、新聞連載だけにこのように欠点だらけの長篇である。これは甲賀三郎長篇の中は駄作の部類に入るのは致し方ないところと言える。幽霊犯人のトリックは面白いだけに全然効果的に生かせず残念なところだ。
私的相対評価=☆☆

怪露人

外科の名手で身体の全てを入れ替えできるような医者が惨殺された。惨殺の原因ともなった、 一年前に引退して逃げるように山奥に隠遁していた恐るべき理由とは?
短編の中でも短い作品で、まさにSF的要素を含む怪奇空想小説といった類いであるが、 怪露人という誤解だけを招くタイトルであり、実際のところ、とんでも作品でもある。
一方で、思い上がった科学への警鐘とも言えるかもしれない。
私的相対評価=☆☆

惣太の求婚

爆笑ユーモアものである。いつものように盗みのスタンスで対立する禿の勘兵衛と口喧嘩をした惣太、意味もわからず、二人なら二人暮しをすると言ってしまったことから、興味ゼロなのに所謂結婚相談所で女房を捜してもらうことになった。そこで行われた爆笑ユーモアとは!? 惣太は気早で馬鹿正直なもんだから、騙されて恥をかかされる所を、反対に相手の女と母親が謝る羽目に陥ったのである。なんて面白い奴なんだ、惣太よ。それにしても餡麺包[あんぱん]娘とは・・・恐るべし。
私的相対評価=☆☆☆

消える宝石

故人となった物理学者かつ法医学者で探偵小説家でもある笠井博士の探偵譚。
世界中で不吉な噂の絶えない因縁を持つ消える宝石のサファイアを巡る物語。 その物語というのも持ち主となった毛利氏の眼前で宝石箱はそのままに消え失せてしまったというのだ。
その場には夫人、その後に使用人が立ち入ったばかりだったが、果たして宝石はどう消えたのだったのか、 というもの。事件の謎に留まらず、消える宝石の謎やその先の謎も穏便に解き明かす笠井博士の物語は なかなか心地良い物だったと言えよう。
私的相対評価=☆☆☆

郵便車の惨劇

拐帯犯人が乗っているのだという列車を待ち受けていた柏木警部と杉原潔探偵、しかしその列車の郵便車では惨劇が上がっていた。二人いるはずの乗務員の一人が行方不明で一人はクロロホルムを嗅がされ半死半生。しかもその口には突如姿をくらます杉原探偵の真意とは・・・!? 鉄道ミステリ。
私的相対評価=☆☆☆

地獄禍

じごくわざわい? じこくか? 読み方はよく分からない。
会社社長へ脅迫! その脅迫者を殺害し、死体を金庫に押し込めてしまう横暴。 刑事をやり過ごしたものの、脅迫者を殺害した事実が会社社長を責めさいなむが、 娘の恋人の医者の青年にこの秘密を打ち明け、何とか犯罪を隠蔽しようと画策しようとした翌朝、 金庫からは死体は消え失せていたという冒頭。
この異常な展開である以上は、素直に社長も協力者になった医者の青年にも、当たり前の主人公から外れた 異様な感覚を抱くのみだが、警察にも疑われだしたことから、田舎へ療養することになった主人公たちだった。 そこに、しかし新たな脅迫者が現れ、娘と青年の恋路も危機に陥るが、という展開。
結果はどうあれ、決して大団円はありえないはずだが。動機も大時代的で、展開もなかなかにおかしな犯罪小説となっている。
私的相対評価=☆☆