甲賀三郎・小説感想リスト昭和六年

荒野の秘密

二代に渡る屈折と純粋という二つのタイプの恋愛が全篇通じて大いに絡んだ長篇探偵小説。主人公の玲子は父親に頼まれて、全財産掛ける勢いで競売に挑んでいた。その土地は田舎の荒野、父はどういう訳かその土地をどうしても手に入れよと言うのである。そこにライバル達がどういう訳か登場し、荒野の土地の値段は恐るべきものに! 玲子は敗れて東京に戻らざるを得なかった。そこで同じ競売を競った青年繁と知り合いになり、と言う展開で、荒野の秘密と恋愛を巡って物語は進んでいくのだ。現れる屈折恋愛者、繁青年の母親の秘密、玲子の父親の秘密、そして同じく土地を手に入れ損なった男爵、誰それの忌まわしき過去の秘密、まさに荒野の秘密とはいかなるものなるものだったか!?  トリックも何もないと言う点が物足りないし、今となっては懐かしくもある恋愛観ではあるが、ストーリーとしては悪くはないだろう。
私的相対評価=☆☆☆

毒虫

武井勇夫シリーズ。
武井勇夫は表は探偵小説家、裏は暗黒紳士という二面をもっているのだが、その武井が若い恋人達の危難を救うべく立ち上がる話である。
春山探偵による厳しい追及もありつつの快刀乱麻を断つような展開は実に清々しい。それに何より最初から最後まで老僕の篠田が個性的な良いキャラをしていて面白いのだ。 しかも三枚目に止まらない大活躍を見せてくれるのだ。更に毒虫というタイトルの安易なストレートな意味も笑える。まさにわかりやすいまでに毒虫だった。
私的相対評価=☆☆☆☆

白鳥丸の宝石

少年物ながら、結構面白い一編。白鳥丸は台湾へ向かっていたが、貴重な宝石を積んでいた。となると、起こりうるのは恐るべき陰謀しかないはずだ。それを船長の息子の一郎少年が危機を救うという筋。
私的相対評価=☆☆

亡命者

怪奇秘話とも言うべきだろうか。ずっと後の久生十蘭「刺客(ハムレット)」を少し想起せしめる展開で、登場人物の真の地位立場を理解するや、本当の悲劇を経験したことになるという悲哀なのだ。自動車の故障と大雨に出会った婦人記者は、雨宿り先で出会った老紳士、その彼は命を狙われている上に、殿下と呼ばれている不思議
私的相対評価=☆☆☆

幽霊屋敷

ブランコにぶら下がって死者の出た屋敷。その屋敷ではその後も不幸が起こりいよいよ幽霊屋敷と呼ばれるようになった。更に買い手が出た後に、乞食もブランコになった。そしてその買い手となった富豪までもブランコになってしまったのだ。これは自殺か他殺か、それともたたりなのか。と言うても本格派の甲賀だ。自動車を利用した美事なる物理的トリックが冴え渡っていたのである。頭脳明晰な私立探偵・中山も危うく人形代わりになりかけるところだった。
私的相対評価=☆☆☆

屍体の恐怖

主人公は死体恐怖症である。それも並々ならぬもので、葬式に行く事はもちろん。墓の近くにも寄れぬくらいだ。それがこの奇々怪々な事件を経て克服するに至ったのだった。それは恐るべき復讐鬼の話で、西島家の悲劇とも言うべき物で、完全な変装術などと言った疑惑が謎で呼んだ物であったのであった。しかし現実はあくまで現実だった。のだが・・・・・・。それと興味深い点として、単なる怪奇小説として終わらせずに、探偵小説には探偵小説的解決が必要であるとわざわざ断り書きしている点も面白い。
私的相対評価=☆☆☆

四本指の男

探偵戯曲。ハッキリ言って、全然大したことはない。四本指のトリックでピンチを脱しただけなのが、まだ面白い点なんだろうが。
私的相対評価=☆

意外の犯人

目が覚めると、昨夜口喧嘩した社長の死体が飛び込んできた。しかも自分の拳銃で撃ち殺されている上に、拳銃を握っているのはこの腕。この圧倒的不利な状況。しかし真犯人は卓上のメモなど手抜かりが多く、しかも信じられない、いやあり得ない処置をしていた。これは犯罪計画に明らかに矛盾するので、絶対無い方がいいと思うのだが・・・・・・。
私的相対評価=☆☆

囁く壁

土井江南は酔っている中、突然濃い化粧の女に声を掛けられ、紙包みを預かってくれ、と頼まれた。土井はその後、男にその紙包みを盗まれ、誘われるようにビルの一室に来たが、そこからが囁く壁なのだ。コンクリート壁から声が聞こえるのだ。しかも部屋には男女の死体。更に怪漢訪問後に土井家の壁も物を言ったのだから奇々怪々だ。この不思議。さて、物言う壁の秘密とは如何なる物だったか!? そしてこの殺人の犯人とは!? 発明狂はイヒヒヒヒと笑うのだ。
私的相対評価=☆☆☆☆

罠に掛った人

人間の運命の不思議を描いた作品である。しかし三組の登場人物のうち、一つは運命は逃れ無かった。いつの時代もありうる寿命を縮める愚か者だったが・・・。それも一種の不幸な境遇と言うべきなのか! 主人公は妻と同時期に病気になり、関西弁の恐るべき悪徳高利貸しにお金を借りる羽目になったが、やはり返せなくなり、生きるか死ぬかの瀬戸際にまで追いつめられてしまった。主人公は兇器も買えずに殺意を燃やして高利貸し宅の前に行くも、そこで不意に遭遇した物は。そしてその後家に帰るとそこにまた驚くべき物を発見してしまうが・・・・・・。全くたまたま罠に掛かった人は生け贄だった。ある意味でラッキースターの役割を演じた不幸の運命。何が間違って罠に掛かってしまったのか。まさに人生である。
私的相対評価=☆☆☆

大疑獄相馬騒動

明治時代の実話小説。相馬子爵家の嫡子が狂人として監禁しているのを錦織が救出して、非嫡子に継がせようとする計画を防ごうとするのだが・・・・・・・。甲賀らしい所は全くない。
私的相対評価=☆☆

妖婦

女は夫が疎ましくなったのである。情夫の男に頼んで、寝ているところをピストルでズドンなのだ。それを強盗のせいに見せるため、金などを盗み、更には念を入れて女に猿轡を噛ます。よもや陰謀が恐ろしいスリルを生むとは。鬼気迫る恐怖、夢に現れた夫は不気味な言葉を残していく。妖婦の末路といい、短い割には面白い作品と言えるだろう。
私的相対評価=☆☆

焦げた聖書

(2017/5/5に記したもの)
琥珀のパイプから続く甲賀三郎が得意とする複雑なプロットもの。
主人公の弁護士がたまたま古道具屋で購入した古ぼけた焦げた聖書の中に、殺人事件と思わしき告白書が入っていた。それが関東大震災の火災で焦げたゆえに部分的にしか判別できる代物ではなかったが、 それが昨今の殺人事件と関わりがあるようなのだ。その殺人事件は被害者の身元不明であり容疑者は断固犯行を否認している疑獄事件でもあった。 関東大震災を前後した複数の事件、そして怪青年の謎のあっけなさは物足りなくもありつつも宿命めいた因縁なども絡む本事件はなかなか劇的な展開を見せてくれるといえる。 私的相対評価=☆☆☆

(2001/7/4に記したもの)
焦げた聖書の中に入っていたある殺人事件の告白書。その告白書も焦げていたので一部しか判読出来なかったのだが、この告白書と過去の二つの疑獄だと評判の殺人事件が絶妙に絡み合っていて・・・・・・、という焦げた聖書を巡る恐るべき犯罪。物足りない点は怪青年の謎のあっけなさなどであろうか。 
私的相対評価=☆☆☆

盲目の目撃者

これは美事なる本格探偵小説だ。長めの中篇(日本小説文庫で114頁)といった分量である。葛城春雄らしき手口の怪人物が出てくるこのストーリーは二人しかいない難破船の生き残りの内の一人を主人公にしたもので(ちなみにもう一人の入れ替わりの謎もメインテーマの一つだ)、何度も奇々怪々な場面に出くわしてしまう。そして恐るべき法廷舞台も用意されているのだ。圧巻すべきは盲目の目撃者も証人になる準密室とも言える場面への直面であり、その一歩先を行くトリックの奇抜さである。自然な優れたプロット構成と本格トリック、謎の解明、感動的ラストなどなど、これは輝く名品だというのは全く誉めすぎではないはずだ。
私的相対評価=☆☆☆☆☆

機智の敗北

犯罪は直接証拠がなければ罰せられない。殺人は当事者がいなくなるので更にである。アリバイ作りは完全犯罪には有効だが、崩れた時の反動も圧倒的に大きい。疑似犯人さえ作れば、時間が出来、結果、不利な証跡は隠蔽可能。この理論に基づいた犯人が殺人を巧みに断行。果たして犯人の思惑通りに事は進んだであろうか!? 完全犯罪が、ある失敗によって見抜かれる所が機知の敗北なのである。いわゆる倒叙探偵小説だ。甲賀には、「犯罪の手口」など犯罪理論を示した探偵小説がいくつかあるが、本作はその中でも面白い部類に入ると言えよう。もっとも凡人探偵の粘り強いトリックは、些か可能性を考えると現実離れの感もある点が、難点といえば、そうだろう。しかし犯罪理論だけで単純に終わらない所が評価出来るのである。
私的相対評価=☆☆☆

妖魔の哄笑

恐るべきご都合主義+偶然連発という大衆味あふれる探偵小説だったが、新聞小説というせいでもあるのだろう。それに黒眼鏡の女を中心にサスペンスでは非常に優れていた。
私的相対評価=☆☆☆

小手川英輔の奇怪な犯罪

小手川が友人に仕掛けた恐るべき悪魔の罠だったが・・・・・・・。犯罪小説なのだが、状況の錯誤からの不明。単なる犯罪告白に終わらず、各々の微妙な心理を展開し、一体全体謎のままに三つの死体が出たという所が面白い。
私的相対評価=☆☆☆

山荘の殺人事件

タイトルを裏切らない、いわゆる館もので、本格探偵小説だ。長さは日本探偵小説文庫で115頁と長めの中篇というべきものである。雪の山荘には四組の夫婦、その関係が微妙であり、それぞれ異常性をも含んでいる。そしてそれに隣の工場の関係者などが関わってくるのである。銃殺された男と一緒に地下室で銃の射撃をしていた主人公の夫の消失などで事件は紛糾。これは圧巻のプロットに優れた正統派探偵小説だ。
私的相対評価=☆☆☆☆

外相邸の客

ビーストンの「マーレイ郷の客」の翻案。舞台は東京となり、登場人物も日本人になっている。
会員制社交倶楽部のサロンにおいて、間諜やら人殺しやらの罵声が飛び交うところから始まるのが本作であり、 女性の客人を装って、会員が外相邸において重要書類を盗み出し、しかも殺人未遂を起こしたというのだから穏やかではない。 くじ引きによる決闘を経て、これがさすがビーストンとも言うべき意外な真相。そこを更に甲賀三郎は翻案で明確にするところも良い。
私的相対評価=☆☆☆

五萬円の行方

探偵コントとあるが、長めのコントというか6ページの小説で、ターゲットを明記した上で犯行予告をしてきた怪盗から、 万全の警備をした警察が挑まれるといった話で、とてもわかりやすい作品となっている。
電気仕掛けと変装で潜り込んだ怪盗に対して、警察は威信を守れたか否か。探偵コントを名乗る通り、コントのような結末は面白い
私的相対評価=☆☆

復讐

海外で大成功を収め、齢50にしてついに華族と結婚もできる寸前までこぎ着けた男だったが、金を得る切っ掛けになったメキシコで殺害したはずのかつての相棒の復讐者が突如現われ窮地に追いやられてしまう。
拳銃で脅しつける復讐者に命乞いをしたり結婚後に殺される約束をしようとしたり粘った成果もあって、ついには復讐者を退けることに成功するが...
窮地を脱した後の油断、まさに油断が、この後やってきた官憲を激しく困惑させる不可思議な現場を作り出したところは面白い。因果応報の物語。
私的相対評価=☆☆☆