【「甲賀三郎の世界」トップに戻る】


甲賀三郎独演会

甲賀三郎

 ◆新青年の記者はなんて恐ろしい気の早いものだ。三日に十月増大号を送って来て、五日までに創作なり随筆なりの感想をマイクロに書けと云う。川田功氏は徹夜しても一気に読了するそうだ。僕だってまあそうだが、今は鳥渡仕事を控えているので、危険で読み出せない。然し、恐いもの見たさで、散々催促を食っている仕事を置いて、パラパラと繰って見る。その中にもう二三篇ペロリと読んでいる。こう魅力があっては名前は新青年でも鳥渡青年諸君には励められない。
◆何しろ編輯後記で自慢している通り四四八頁あって一行だって読まなくて好い記事はないのだ。こうなると今迄森下雨村君は名編輯者だと思っていたが少し考えものだ。所で新同人の横溝正史なる青年が又無駄な記事を集める男じゃないのだ。一体どうする積りなのだ。
◆本篇に這入る前に鳥渡読んだものを数えて見る。でなきあ外のは獣殺したと思われると悪いから。創作ではパノラマ島奇譚、秘密、凶い日、急行十三時間、五階の窓、随筆でははんめう、フン談、空巣覗ひ、之だけだ。尤も中に自分のがある。残念なのは新進宇野氏のものを読んでない。あやかしの鼓は前に一度読んだが、活字になった所をもう一度読みたいと思っている。
◆パノラマは相変ず素晴しいものだ心憎い程の魅力を持っている。完結にならなければ云えないが、人見広介が自殺と見せかけるのは拙い。(尤も之が発覚のもとになるトリックかも知れんが)人見と菰田が瓜二つと云う事は同級生の知っている事実だし、人見が死んで、菰田が生返ったとすると、ハテナな思うような探偵小説好きの友人がないとも云えぬ、人見は生きていて宵の三日月のように、チラリチラリと姿を現し、生返った菰田と独立に存在している事を示す必要はないか。尤もこんな一人二役は少し古いかな。が、なんと云ってもパノラマと云い、闇に蠢めくと云い、読者の汗をヂリヂリ絞って行くのは当代この人の右に出るものはない。だが、乱歩君、「人でなしの恋」あれは少し冗漫だぞ。
◆秘密、面白いな。始めの方は少し僕のパテントを侵害されたようで心配だった。この一篇でつくづく考えた事は悲劇と喜劇はその差が、紙一重もないと云う事だ、と云ってあれがどうと云うのではない。只扱い方で立派な喜劇になると思っただけだ。
◆凶い日、軽くて面白い。なんとなく遊戯的なのが気になるが。それから小川忠男君は中々収入があると見えて、電話室とちゃんと別室まで持っている。細君が出て来る所は下宿とも思えぬ、自宅に相違ない。なんと作者よ。探偵小説家と云うものは詰まらない所で揚足をとられるものでしょう。
◆急行十三時間、大阪駅頭の所はどうも拙いな。オットいけないいけない、之は僕のものだった。
◆五階の窓終篇、只々敬服の外はない。あの周到なる用意と、緻密な頭脳、それから明快なる解決、美事なものだ。それから序に甲種一等当選の緒方君のも中々好い。読者にも油断のならぬ人がいる。


(備考―管理人・アイナット編)≪新字体に変換≫
本文には、珍しく元々ルビはないので、私も勝手には附けない。まぁ、ほとんど読めると思う。一段目の《励められない》というのが、よくわからないが変則的に《すすめられない》と読むべきだろうか?なお原文は《勵められない》で、'励'は'勵'の新字体。
なお、一応言うと、「新青年」大正十五年十月増大号に対する書評である。