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新進探偵作家の十篇

甲賀三郎

 探偵小説創作時代が意外に早く来た。数多くの勝れた作品が月々の雑誌に現われるのは喜ばしい事である。専門雑誌たる新青年探偵文芸探偵趣味映画と探偵の四誌は申すに及ばず苦楽大衆文芸キング等にも探偵小説なる文字を見ない事はない。所謂高級雑誌に現われる日も遠くはないと信ずる。
 私は新青年五月号に新進十作家の作品が掲載せられたのを機会にそれらを短評したいと思う。要は今後吾々の先輩或は同好の士によって、厳正なる批判及指導が多く行われて、探偵小説の健全なる発達を希望する為めに、自ら先駆を勤めんとするもので、太夫●となって練達堪能の士を持つの外他意はないのである。
 「遺書」(持田敏氏)両(*)三年前江戸川乱歩氏に依て書かれた二銭銅貨、一枚の切符に比して劣るものではない。然し乱歩氏の諸作が当時に於てエポックメーキングであった如き価値は最早持ち得ない(。)単なる友人間の態(*)●乃至頭のよさを互に誇らんが為めにする論理的遊戯と、それが当然の破綻とは一つの思いつきとしての外、価値少きものである。
 「娘を守る八人の婿」(久山秀子氏)作者の好んで用いる題材であるが、女主人公の男性観もハッキリしないし、主題も曖(*)昧である。もう少し根拠のあるものを見せて欲しい。
 「スパイ事件」(平林たい子氏)前半は女性の筆と思われない程男性的に聢かりしている。後半の局面を充分期待せしめた。所が後半はやはり論理的遊戯に堕したのは遺憾であった。スパイと目ざされる主人公が仲間の集合している所へ這入って行くあたりは、もう少し殺気だった場面が欲しかった。
 「月光の部屋」(水谷準氏)探偵小説中一大類型たる偶発の出来事に因果関係を見出さんとする傾向――之が即ち探偵趣味で自然現象に対しては科学趣味となるのである――を取扱ったもので偶発事を故意に再演して因果関係あるが如く思わしめるトリックは陳套で、全体的に云って精彩に乏しい。
 「底無沼」(角田喜久男氏)底無沼の恐慌を題材として●当の効果は収めているが、どうも日本でないような気がする為めか情景がまざまざと浮かんで来ない。一つにはこの種の凄さには頭が免疫性になっている為めかも知れない。
 「レテーロ・エン・ラ・カーヴォ」(橋本五郎氏)面白いものである(。)主題は、最後の手紙であるが、それは少しギコチない。もう一工夫欲しい。それに反して五つの恋文は、最後の手紙に作者自からが「あの優しい文字が、我々無骨者流(*)の手になったものとは受取れまい」と云っている如く男性の手になったものとは思われない程繊細なもので、艶書文芸に入れたい気がする。
 「秘密結社」(大下宇陀児氏)カンニング団の首領金井君がよく出ている。モノマニアの教授も可成り出ているが、もう少し突っ込んで書いて貰いたかった。教授が金井君の肩を叩いて「君とうとう見付けたか?偉いぞ!」と云う所は微笑なしに読めない。カンニングの発覚するトリックも面白い。遺憾なのは文章が粗雑な事で之は抽いと云う意味ではない。もう少し推敲して貰いたかったのである。
 「赤えい(**)のはらわた」(荒木十三郎氏)可成いい所を掴んでいるし、文章も達者だが、少し物足らない所がある。主人公たる今様(*)いがみの権太にもう少し近代性が欲しかった。
 「野口所長の失踪」(谷石之助氏)之も偶発事に因果関係を求めて失敗する類型で、取材は全然違うが正木不如丘氏の漆黒のレッテルと持味が似ている。然し不如丘氏の枯淡なる筆に比して、少しゴタツイているので、興味は大分稀薄になっている。
 「都会の神秘」(城昌幸氏)主人公の説く都会の神秘が異様だ。我々が生れ且つ育った都会の雰囲気は我々に取っては空気と同じく、無味無色無臭であるが、こう云う説き方をされると、何と不思議な世界である事よ。我々は完全に作者の脳裏に建設せられた恐怖の国へ引きずられて行く。異色ある才筆である。
 終りに今日尚探偵小説を黙殺しようとする人達に一言したい。
 ピストルと宝石と自働車の外に何者もなかった探偵小説は最早影を潜めた筈である。単なる紙上の遊戯に過ぎない探偵小説は最早顧みられない筈である。探偵小説はそれが探偵小説である為めにトリックを要する。そのトリックは益々洗練せられたのみならず、トリックの面白味を除いても、尚そこにはその小説の存在を充分価値づける或ものを残している。之が新興探偵小説である。
 無論探偵作家は他のどの作家もなす如く、屡々失敗する。然し彼は未だ一度も投げやりであった事はない。彼は常に思考し、当に煩悶し、常に努力している。事実探偵小説はどの他の小説に比して、作るべくより容易とは云えないのである。
 近時探偵小説に対して種々批判する人の増えたのは吾人の喜びとする所であるが、往々不親切な言を聞く事がある。それらの言をなす人には延びんとするものを白眼視するよりは、助長するの親切を持って貰いたいと切望するのである。


(備考―管理人・アイナット編)≪新字体に変換≫
いくつか付けた(。)は補助的に私が付加した物。原文にはない。
いくつかある(*)、この手前の文字は判読に自信がない文字。
●は全く判読不可能と思われた文字。