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私の甲賀三郎・雑記録3

第三話 怪弁護士・手塚龍太に迫る!

 この現在まで手塚龍太に対する評論が幾つあったのかは私は知らないが、とりあえず私なりに基本から論じていこうと思う。

 確認までに龍太の登場作品に就いて触れておこう。『眼の動く人形』『瑠璃王の瑠璃玉』『ニウルンベルクの名画』『傍聴席の女』『緑色の犯罪』『妖光殺人事件』『アラディンの洋燈』『蛇屋敷の殺人』『午後二時三十分』の九作、昭和三年から同十三年の十一年間の活躍である。
 
 まず、最も注目されるべきその独特の風体・容貌について触れる必要があるだろう。ダラダラと文で書いていくよりもわかりやすような気がするので、とりあえずその注目されるポイントを以下に箇条書きしてみる。

【1】.手塚龍太の身長:《約五尺一寸》、つまり《154.5cm》程度で男としては随分小さい部類に入る。(「眼の動く人形」及び「蛇屋敷の犯罪」参考)

【2】.手塚龍太の顔サイズ:《普通の人より一廻り大きい》(「眼の動く人形」)。《普通の顔の二倍もあろうと云う》(「緑色の犯罪」)。《顔はと云うと人並み外れて大きく》(「妖光殺人事件」)。《顔は人一倍大きく》(「蛇屋敷の犯罪」)。

【3】.手塚龍太の顔色:《顔色が磨きをかけた赤銅のように赤黒くキラキラ光っている》(「眼の動く人形」)。《色はヒヒのように赤黒く》(「アラディンの洋燈」)。

【4】・手塚龍太の顔肌:《肌は象のようにザラザラ》(「アラディンの洋燈」)

【5】.手塚龍太の鼻と眼と口:《殆ど顔全体を占領していると思われる程の巨大で尖の曲がった所謂鷲鼻がギロリとした眼の下に超然として隆起している》(「眼の動く人形」)。《西洋人のように先の尖った鼻》(「ニウルンベルクの名画」)。《醜い大きな鼻》(「緑色の犯罪」)。《しかも、俗に鉤鼻と云う、先が曲って垂れ下がっている鼻が、その大きな顔の大部分を占めていて》《眼をグリグリさせて》(「妖光殺人事件」)。《顔には嘴のように尖った巨大な鉤鼻が、殆ど顔全部を占領するように、ついています。》(「アラディンの洋燈」)。《垂れ下がった巨大な鼻が、ギロリとした眼の下に超然と隆起していて》(「蛇屋敷の殺人」)。《顔全体を占領しているような先の垂れた曲った鼻をつけた異相の男が、その鼻を呑んで終うかとも思われるような大きな口》(「午後二時三十分」)。

【6】.手塚龍太の顔総合:《その全体の姿は西洋童話の妖婆を思い出させる》(「眼の動く人形」)。《西洋の妖婆を思わせるような顔》(「緑色の犯罪」)。《西洋の童話に出て来る妖婆そっくりと云う、グロテスクな人間》(「妖光殺人事件」)。《西洋のお伽噺の妖婆そっくりの顔つき》(「アラディンの洋燈」)。《丸で童話に出て来る妖婆のようなグロテスクな顔》(「蛇屋敷の殺人」)。

【7】.手塚龍太の力:小柄のガッシリした手。腕力は強い(「眼の動く人形」)。握力もある(「瑠璃王の瑠璃玉」)。 怪力という表記(「ニウルンベルクの名画」)。

 これらの身体的特徴のデータを総論としてまとめてみると、手塚龍太は、極端とも言える小男な割に、アンバランスに顔は大きく、勝手に推定すると四等身程度ではないかと思われる。更にその顔色は赤黒く光っていて、肌は象肌。加えて西洋魔女のような恐ろしく尖った鷲鼻が、ギロリとした眼の下に、まるで顔全体を覆い尽くすかのようにそびえ立っている。更には口も大きいという。小さな胴の上にチョコンと載せたこのような巨大な怪顔。その姿は西洋童話に出て来る妖婆そのものであり、手塚龍太の風体はまさに怪人というに相応しいと言えるのである。

 龍太の怪異な容貌が分かった所で、服装についても述べておこう。服装については、他の話でも少し出てくる時もあるが、やはり初登場の「眼の動く人形」に詳しい。それをそのまま引用すると、《洋服を着ているが、ネクタイは垢に汚れて捻れており、上着はダブダブで襟はひどくよじれていた》。
 これは一体どういう事だろうか?龍太は快刀乱麻を断つような手口で金品を儲ける名人なのだから、つまりは金持ちのはずである。そのクセにだらしないまるで貧乏書生や没落成金のような格好をしている。となると、龍太は密かに儲けた金を恵まれぬ境遇の人に寄附するような大善人だったのだろうか?否である。そんなことでは龍太のアイデンティティの危機としか言えないし、慈善行為の為に弁護士や探偵で都合良く儲けることを考えれば、ボロボロ服装は有利とは言い難い。そう、わざわざそんなナンセンスな考察は無用だ。龍太は好んで不恰好な服装をしているとしか考えられない。それは嗜好であり、趣味に他ならない。あるいは彼の妖異が為さしめたベストドレッサー・制服的なものなのかもしれない。とにかく手塚龍太が怪奇なまでに見える服を好むのは、彼が怪奇な存在だから、と結論づけるしかないだろう。だって、考えても見なさい。いわゆる通俗長篇時代以降の明智小五郎、彼は格好いいヒーローキャラであるがゆえに変装すれば別だが、常に格好いいセビロで決めているではないか。金田一耕助にしてもヨレヨレの羽織袴のユニフォーム。これは貧乏だから、とも言えなくはないが、多分金あれども普通の格好をし続けるとは考えられないし、許されないはずだ。これは一種探偵に与えられた宿命である。つまりは手塚龍太に降りた星の色はオンボロで不潔な洋服だったのだ。これは真理であり、絶対的なものなのだろう。と、私は無理やり説明づけることにする。

 続けて、龍太の持ち物について触れると、龍太は第二作「瑠璃王の瑠璃玉」で、《不恰好な指揮杖[ミリタリイケーン]》を持ち出す。これは「ニウルンベルクの名画」でも手にしていて、《少年義勇団[ボーイスカウト]の持つような指揮杖[ミリタリン・ケーン]》と表現されている。この後、しばらくこの指揮杖について言及されていない。持ち出すのを止めたのかも知れない。ところが、「蛇屋敷の殺人」では再び手にしている。《例の革のついた指揮杖[ミリタリ・ケーン]》。「例の」と書かれているので、恐らくは「瑠璃王の瑠璃玉」以来の指揮杖だと推定されるが、この指揮杖について、特徴を重ね合わせると、革のついて、少年義勇団がもつようなものと格好良さそうなイメージが膨らむが、やはり「瑠璃王の瑠璃玉」の示すように不恰好。龍太の持つものは全て不恰好ということになるのだろうか!?

 そういう不恰好が似合う手塚龍太だが、職業は一見格好いい感じを受ける弁護士である。「瑠璃王の瑠璃玉」で初めてその職業を明らかにし、「傍聴席の女」事件では、劇的に傍聴席から証人席に登場し、事件を解決してしまうと言う放れ業もやってのけている。その後も「緑色の犯罪」「妖光殺人事件」「蛇屋敷の犯罪」では刑事弁護士としての登場するなどしている。

 しかし当然かも知れないが、龍太の弁護士としての特徴は一風変わっている。以下に「蛇屋敷の殺人」に出てきた文章を引用してみる。

《弁護士が職業であるが、犯罪の弁護よりも、むしろ法律を潜る犯罪技術者で、余り良民は苛めないが、誰かが不正な事をしていると聞くと、忽ち相手の弱点に乗じて、きっとものにするという恐ろしい人物だった。警察でも無論眼はつけているのだが、彼の勝れた計画的な頭脳と、超人的な推理と、変通自在の機智には手のつけようがなく、却って警視庁あたりで持余した犯罪の解決に役に立つというような事がある位》

 つまり考え得るに龍太にとって「弁護士」の職とは、黄金の汁を吸える事件を探し出す為の媒介物に過ぎないと言える。即ちは道具だ。弁護士という法律の専門家の職業を巧みに使って、龍太好みの金品転がる事件・人物を斟酌する。良民を苛めないというのは、ある意味良民転がる所には秘密もなく、密かなる圧倒的な儲けが見出せないからだとも言えるだろう。現に龍太は事件の表舞台に出てきた金品をあからさまに略奪するような愚かなマネはしない。狙うのはあくまで裏舞台に暗躍する金銀財宝なのであり、表向きはほっておけば大損をする良民を助けるなどの善行為ぶりなのである。

 蛇足までに手塚龍太シリーズが書かれた過程として面白いデータがある。上記のは昭和十二年の「蛇屋敷の殺人」からの引用なのだが、全く同じと言ってもいいような文章が昭和三年の「傍聴席の女」に登場している。以下のような感じだ。

《法律を破る犯罪人と云うよりも、法律を潜る熟練な技術者で、勝れた計画的な頭と、超人的な推理と、機に臨んで変通自在に働く才智とで、余り良民は苛めなかったが、何か金になりそうな不正な事を、鳥渡でも嗅ぎ出したら最後、相手の弱点に乗じて、きっとものにすると云う恐ろしい人物だった。当局の方でも無論彼に眼をつけていたには相違ないが、何分彼の遣方が頗る巧妙なので如何ともし難かったらしく、彼の方では反って弁護士と云う表看板の職業を振りかざして、警視庁あたりへ出入をしていたのだった。尤も彼の探偵手腕が時に警視庁の持余した難事件解決に役立ったと云うような事実もあったらしい》

 この「傍聴席の女」における手塚龍太の説明は、あまりにも「蛇屋敷の殺人」の説明にそっくりだ。つまる所、甲賀三郎は久々の手塚龍太シリーズを作るに当たって、旧作を綿密に読み返したに違いない。先に述べた指揮杖の復活もその証拠の一端になるのではないか。しかし多分その時、甲賀三郎、ハタと当惑した部分があったと推定する。結局「蛇屋敷の殺人」では、イメージとしてもピッタリであることもあるが、新青年連続短篇型ではなく、後期型を取り入れている。それがなんだと言うと、龍太の言葉遣いである。私なぞは、「〜じゃ」「〜(じゃ)て」などの言葉遣いこそが正当だと思いこんでしまっていたが、実はそうではない。これは昭和七年「妖光殺人事件」から圧巻多用しだしたのである。「妖光殺人事件」は前作の登場から三年半ぶりの登場だった。恐らくこの時は甲賀三郎、あまり綿密に旧作を読み返さずに手塚龍太弁護士を復活させたのではなかろうか?そう考えなくては、突如「〜じゃ」などを多用し出した理由が少し見当たらなくなる。一つ言えるとすれば、時系列に大きな隔たりが出来、龍太のクセが変貌したという説。なお、この説は少し後でフォローするが、とにかくも、読み返さず龍太の喋り方の勝手なイメージ植え付けられ説で行くと、「妖光殺人事件」後の「アラディンの洋燈」「蛇屋敷の殺人」でも、この「〜じゃ」の喋り方を踏襲していて、この喋り方の変貌部分で、「蛇屋敷の殺人」前に綿密に読み返しただろう甲賀三郎の苦笑いが目に浮かぶのである。というのは、大袈裟かも知れないが・・・。とは言うものの、「緑色の犯罪」以前・新青年連続短篇(昭和三年)時でも密かに「〜じゃ」と言った時が二度だけあったのも注目すべきところだ。これが先に言った事で、手塚龍太クセの変遷だと言うことが出来なくもないだろう。元々たまに使っていた語尾が四年経つと、クセになることもあり得るだろうからだ。その二回というのは、「ニウルンベルクの名画」と「緑色の犯罪」でそれぞれ一度ずつ登場する、注目すべき箇所である。
 で、一応結論づけると、二説に分かれる訳だが、「蛇屋敷の殺人」前に綿密に旧シリーズを読み返したのは、ほぼ間違いないと思う。あとは、手塚龍太の言葉遣いの変貌に焦ったか、全く昭和七年当時からの予定通りなので、気にもしなかったか。の二通りだ。この点は、やっぱりファンとしては、好意的に人間・手塚龍太の喋り方が時系列的な変貌を遂げていったと考えるべきだろうか!?。ちなみに蛇足ながら、作品時間のヒントしては「蛇屋敷の殺人」の時、金の値段が平価であった時代というものしかない。

 あと、龍太の無気味な特長としては、まだまだある。その笑い方も怪異であると言えよう。「眼の動く人形」では「アハハハハ、アハハハハ、」喉仏まで見えるような大きな口を開き腹を抱えた笑いだすという地獄笑いを見せつけたし、「緑色の犯罪」でも、呪うようなニタニタとした笑顔を向けている。笑顔ですら呪いのニタニタ、というのが龍太の恐るべきところだ。妖婆の笑いだ。参考までに、「蛇屋敷の殺人」では、カラカラ笑ったり、「ハハハハ、」という笑いを見せてくれた。更には最後の登場となった「午後二時三十分」の締めくくりが、「ウハハハッ」という大口開いて自分の鼻を呑み込みそうな醜悪な笑い顔だったのは読者をも戦慄させるものだった。

 それと、龍太の年齢についても考察する余地が僅かにある。妖婆のような、と形容される龍太だから、おそらくは見た目は一見老人っぽく見えるに違いない。しかしあくまでも実際は中年であるとハッキリ「瑠璃王の瑠璃玉」に記述してあるのだ。この昭和戦前期の中年は全くの予想だが、現在よりも若めの設定であるに違いない。三十〜四十代までと考えていいのではないか、と思う。そして龍太は恐ろしく怪力であるが、体力面では、そういうケースで人を利用するなどしていることから、それほどではなさそうな感じがするという私見をつけ加えておく。

 もう一つ、まとめて残りの龍太の秘密をいくつか暴露しておこう。
 まずは、グロネンダルという羊の番犬の一種を探偵犬として飼っている、という点だ。この犬は「瑠璃王の瑠璃玉」だけで登場しただけに止まったが、その能力は圧倒的に優れているというのは言うまでもない。他の事件では活躍する余地がなかったというのもまた事実であり、きっと表に出ていない事件で活躍をしたのだろう。
 二番目に手塚龍太の自宅の秘密だ。これは案外データが揃っている。「眼の動く人形」によって、繁華な郊外にある木造の西洋館であると判明し、更に「瑠璃王の瑠璃玉」で池袋にあることが判明した。
 三番目、イメージ的に予想も付くことだが、酒も飲む。「瑠璃王の瑠璃玉」でウイスキーを飲んでいる姿を見せてくれた。
 四番目、金庫破りのテクニックについて。「眼の動く人形」で旧式の金庫なら平気で開けることはわかったが、「アラディンの洋燈」で登場するような厳重な罠を持つ金庫はちょっと無理らしい・・・・・・・。

では最後に龍太が事件で入手した金銀財宝についてなどを列挙しておく

「眼の動く人形」:某悪人から十万円を得、ダイヤモンド二つ、内小さい方の一つは巻き込んだ簑島の分け前に。

「瑠璃王の瑠璃玉」:とりあえず瑠璃玉一つで五万円。ただしこれは人助けでもある。

「ニウルンベルクの名画」:独逸の宝石多数。

「傍聴席の女」:裁判官の心証をよくしただけなのか?詳細不明。

「緑色の犯罪」:結果的に弁護士として人助けにもなったが、サファイア、翡翠、トウマリン、アクアマリン、エメラルド、青瑪瑙などの数限りない緑の宝玉。

「妖光の殺人事件」:事件の性格上、法律や文字に長ける龍太は甘い汁を吸いそこなう。屈辱の龍太。

「アラディンの洋燈」:某人の二万数千円の遺産(結果的に冤罪で苦しむ人も救ったが、無理やり相棒にさせられた金庫破りの男も五千円儲かるほか栄誉も得るも、実は死と隣り合わせでもあった。事実、その密かな被害者一名有り)

「蛇屋敷の殺人」:十万円の価値のダイヤ。と言っても悪人を裁き、騙された男の八割までも資産を取り戻した。

「午後二時三十分」:無し。最後の事件にして不気味である。

(2版:2016/12/11)(昭和13年作品を未反映の初稿:2001/10/16はこちら

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