無礼講
◆壮なる哉、ビーストン十篇。われクレッシングトン夫人の青玉を取る。事件の推移に不自然の跡なく、無理なる意外さなく、ビーストンの特長全篇に充ちたり。浮沈好し。一ヶ月二百磅[*ポンド]、決闘倶楽部は彼の悪趣味なり。他は可もなく不可もなし。
◆延原謙君は凝[*こり]性なり。その翻訳たるや、一語一句を忽[*ゆるが]せにせず、而し渋滞せず、所謂板につきたるものなり。その癖たるや、発音の詮議に凝って、時に英米人の発音を正す。意気愛すべし。只その癖フランス語に及ばざるにや、ドラモンド大尉のフランス語問答中、発音に首肯し得ざる所あり。その事たるや――このたるや亦彼の癖なり。
◆乱歩君、不木君の遺伝を推賞す。われ賛せず。この作旧刑法の条文に暗示を得て始まる。余りに作り過ぎたり。父は何者かに殺され、父の死後百日にして母亦殺さる、即ち如何と考え物の如し。一読後、汝の父はわが父の子なり、われに兄弟なし、われと汝の関係如何と云う考え物を思い出したり。手術は不木君独得の壇上、手術台を廻りて立つ学生と共にわれ亦結果如何と固唾を呑んだり。結末亦悽愴、好箇の小品たり。
◆谷譲次君にテーマを与えよ。PDQと広津和郎君の犬ころは疲れているとの差は、人生への考察と反省の有無のみ。
◆田所大佐、川田少佐の述べる所、直ちに読者の核心に触るるは一つに誠意と実感より来る。三浦定之助君の海底の話の興味津々として尽きざるは貴き経験より来るものなり。
(備考―管理人・アイナット編)≪新字体に変換≫
[* ]は私が便宜的に付けたルビ。
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