甲賀三郎・小説感想リスト昭和十四年 |
完全殺人(2015/10/04 大白書房「支那服の女」(1942)を読了して記す)絶対に露見しないのが完全殺人というのは今も昔も同じ事。死体を隠したり、アリバイ証明したり。だが、ここではそれらではリスクが大きいとし、田舎で誰にも見られずに証拠が残らない毒物を使って自殺にみせかけて湖に沈めるのが最大の完全殺人と結論を出した男の完全犯罪実行に至るまでの物語。 弁護士の中溝氏は西洋館の建ち並ぶ高原の普段は誰も通らないようなど田舎にやってきていた。 そこに知り合いの苫木氏もやってきており、後方から声をかけ、苫木氏の離婚訴訟の問題について相談を受けるという展開。 苫木氏の別荘へ移動後、苫木氏の友人加藤男爵とその妻の話が成金と没落華族の政略結婚という成り染めから20年近い家庭内別居の話へと繋がる話になるのだが。。。 そもそも植物性とは言え毒物と言うところも引っかかるし、そもそも田舎すぎて確実に第三者が浮かび上がる時点で危険極まりない犯罪行為であり完全犯罪とも思えないところが本作の弱いところだが、 それでも本作の主眼はリアルタイムで遂行中の完全殺人を「どうして見破ることができたか?」というところだろうから、その点なかなか興味深いといえる。 おそらく戯曲に通じた甲賀三郎氏が舞台を見て思った通りの突っ込みをそのまま適用したのだろう。この誤り(ネタバレ:華族の結婚制度の点で矛盾がある)を取り入れるためにプロットを書いたに違いないところまで考えると、なかなか面白いでは無いか。 私的相対評価=☆☆☆ 青服の男むろん難もあるが、なかなかの佳作であり、犯罪の新しい奇を狙った創意ある作品と言えよう。田舎の別荘で狭心症の死者が発見された。それが新しい若い旦那なのである。と思われたが、通知の電報に対して本人から返信があったから奇々怪々である。死者に思われた男、曰くには、それは相貌のよく似た従弟の死体であると言うのだ。そして死者の貧乏、生者の金持ちなど二人の当たり前の財産状況、更に逆ならば相続されていたくらいだ。またその目撃者のいる中、死者生者の青服と鳶色服の洋服という相違などから、単なる病死で事件無しと思われたが、さて!? ユニークな犯罪動機等から意表な奇抜性をもたらしたのが本作なのだ私的相対評価=☆☆☆ 二老人地方都市に住む義作は銀行に勤めて40年の釣りだけが趣味の男だった。一人っきりであり、 息子は昔に出て行って音信不通。そこに東京から老人がやってきて、その銀行に三千円(今の六百万くらいか?)を預けた。東京の定期預金は三万円近くあるという。銀行預金、そして釣りを通じて友達になった二老人だったが、その老人の方も一人っきりであり、娘が男を駆け落ちのように出て行き音信不通という。 ところが義作とは全く違って、死にそうな健康状態の老人は遺産も譲らないというくらい娘を呪っていた。 ところが老人は機嫌を百八十度回復し、娘と孫に会いに行くという。老人の娘の手紙から相手が息子と知った義作はそのために三千円を貸した。まったく普通小説の想像通りだった。 二老人の出て行った子供達は幸福を掴み孫を儲けていた、という話。普通小説らしく、子供から連絡をもらえなかった側の義作だったが、 間違いなく老人の話から悟るだろうという思いが義作の喜びにも繋がっている。 探偵小説味が皆無で、あまりに普通の小説で別の意味でビックリしたわけだが、 いやいや違うはずだ。これは深読みして探偵小説として読むべきだろう。そうなると、そんな偶然は有り得ないため、老人は実は詐欺師であり 一人もの義作は体よく騙されてしまったということになる。しかもしばらく気づかず、心も抉られてしまったということになる。 義作にとっては厳しい不幸になるが、これが現実になってしまうのかもしれない。 私的相対評価=☆☆☆ 法を越えるもの千万円の財産、今にも死ぬかも知れないという病の老人が毒を盛られて死んだ。唯一の相続者の甥は不良で、しかも老人は遺言状を何度も作り替えていたのだ。つまりは駄目甥にやるかやらぬか! 法は執行されたがその裏では社会善という動機の元で策動している者がいたのだ・・・!! 非個人的動機で、まさに法を超越したという点で非常に興味深い一篇と言えるだろう。私的相対評価=☆☆☆☆ 旅券(2014/9/1「大白書房「支那服の女」(1942年1月)」再読後に記す)「日本人は甘い」英国人のシモンズの口癖もとい思考癖だ。このシモンズ、支那事変勃発中だけあって、 英国人はスパイの警戒対象だけに独逸人のカイザーになりすまして、国家機密の秘密書類を上海へ持ち出そうというのだ。 そのための一策として、シモンズはスキー服に身を包み、長野駅経由での志賀高原の国際観光ホテルへ向かった。 実際にスキーも滑った。そして出てきたロシアの白鱒も大好物のため大喜びで食したのだった。白鱒については滋賀県米原市醒井の養殖場から送られてきたものだということも知り、 長野のロシアの白鱒に感心しつつも、ますます喜ぶのだった。 シモンズのスパイ作戦はこうだ。シモンズ自身は既に日本警察にもマークされていたため、簡単に直接秘密書類を国外に持ち出すのは困難だった。 そこでマークの薄い相棒のスミスを活用しようとしたのだ。 ドイツ人カイザーになりすまして長野県シモンズは秘密書類をスキー道具に紛れ込ませて、それを次のスキー旅行の目的地として滋賀県大津の国際観光ホテルへ荷物配送した上で、 それを同じくカイザーになりすましたスミスに受け取らせて、秘密書類のみを上海へ持ち出そうという計画だったのだ。 「日本人は甘い」それは確かかもしれない。シモンズすらも認める日本の良いところでもあったのだが、その日本のホテルサービスの一環は優れていた。 客の好む白鱒を出したのに、その食べ方が通とは思えない程度のものだったことを通じて、二人一役のトリックはあえなく 疑念へと変わり、普段は再提示が求められることがないにも関わらず、ついには旅券(パスポート)の提示を求められるに及んでしまったのだ。スミスは哀れなことだ。 章題は以下の通り。 ・国際スパイ ・ロシヤ産白鱒 ・湖畔のホテル ・怒る料理頭 ・剥がれた仮面 本作はスパイ小説でありながら、二人一役のトリックを使った犯罪小説でもある。しかしトリックを考えたシモンズは甘かった。白鱒という好物のあまり、 個性を出し過ぎてしまったのだ。このことにより、相棒のスミスが別人だと露見してしまうという内容は、スパイ小説を書かざるを得ない時局においても、 探偵小説としても成り立たせたいという甲賀三郎の矜持を感じるではないか。二人一役が崩れ去る根拠もあまりにも明々白々で読みながら読者も結末が見えて楽しめること間違いなしだ。 本作が対英米戦争開始後に出版された単行本に収録されているのも興味深い話と言えよう。 (2002/5/8記したもの) パスポートと呼ぶ。長野の高原と琵琶湖近くの滋賀県を舞台にしたスパイ小説。珍しく英国人スパイ二人が主人公をしている。旅券のチェックが日本では非常に厳しくなっていた。アメリカ人観光客はそれが非常に不満であったが、今回の事件ではそれが幸を奏したのである。エラーは単純な所から出て来るというお話。今回のようなケースでは嗜好は前面に出すべからずだ・・・、とは言え、思わず出てしまったのだろう、哀れ。 私的相対評価=☆☆☆ マネキン奇譚タイトル示すとおり、ユーモア物だが、とても面白い。好きなタイプな作品とも言えよう。そもそも読む前からかなり気になっていたタイトルである。主人公は頭も駄目だし肉体も駄目、やる気もなくてどうしようもない男であった。それでも生活のためには金が要ると言うことで、二人に相談に行くも、満州に行け、だとか、特許新案を取得せよ、等の無理難題である。個人的に大学芋の話は参考にはなったが、経済弁当は駄目すぎであろう。しかし天職とでも言うのか、そんな彼にもいい仕事が。それがマネキン宣伝法なのであったのだ。こんなユーモア仕事で、しかも彼はちょっとした好奇心で、人生観を大きく変えることにも成功。まさにマネキン様々であったのだ。私的相対評価=☆☆☆☆ 一本のマッチ木村清シリーズ。外交官宅で起こった不可解な三重窃盗事件。それは第一の事件では指環が、第二の事件でも指環、しかし他に高価な物がある中で別の指環が、そして第三の事件では暗号解読鍵が盗まれるという不可解さである。しかもいずれの場合も残されたるは一本の使用済みマッチとういうのだ。事件の展開で興味を持っていく所は面白いと言える。内部犯としか考えられないこの事件の犯人の目的とは如何なるものだったか。どうも真相が予想の範囲であったことやラストが気に入らないが、木村の配慮ある探偵ぶりには感激であろう。私的相対評価=☆☆☆ 古代貨幣(2014/9/7「大白書房「支那服の女」(1942年1月)」で初読後に記す)1939年6月の発表作だから、日中事変後、蒋介石との戦いの最中の時代に書かれたもの。 それだけに複数の中国人が絡む話とはなっている。早い話が古代貨幣とは秦の時代の骨董品であり、米国人ならば豪邸が買える金額というのが、この古代貨幣の魅力として描かれている。 親日中国人は考古学的興味からこの古代貨幣の拝見を願ったが、それを利用して持ち主を殺害するという事件が発生する。 犯人は国際スパイ団などという仰々しい肩書きなのだが、愛国心は無く、それは全くの金目当てだけの目的に過ぎなかった。 その犯人は古代貨幣の隠し場所を隠さないで隠す方向で工面するが、結局は愚鈍な者の前には通用しない手法だったというお話。 金で買収できる中国人を描きつつ資本家は金を出ししぶるのを批判的に描いたり、中国人の前では日本人は真の悪人はいないと言いつつ、実際はそうでもないと否定してみたり、 犯人に変装術を使わせてみたり、アリバイが無いという展開にしてみたり、前述のように隠し場所の工夫をあげてみたり、 でも結局は冒頭に予感させたとおりにユーモアで終わらせるという、なんとも豪華なようでチグハグなようで、始まりと終わりは綺麗に終わっている作品。 良いように解釈すれば、戦時中のスパイ小説の皮をかぶせて、往年のユーモア探偵小説をシニカル風味に書いたとも言えるのだろうか。 要視察人ユーモア探偵小説。タイトルだけ見れば時代が時代なだけに軍事小説の臭いがするが、この作品はスパイはスパイも零細株式会社の社長による社員の視察活動を指すのである。 信用ならぬ社員に対して、視察活動を欠かさぬ社長の姿はユーモラスであるが、社員間で相互に監視させるのは、帝国国家のやり方にオーバーラップし、決してユーモアだけで済む問題ではない。しかもその相互スパイ密告制度に対して、まこと細かに異を唱え、各人の自覚をもっと尊重すべきだと言わしめた甲賀には、今読めばこそ称賛の意を覚えてしまうではないか。 話は200円の泥棒事件に発展し、社長の要視察人の効で、誤解の事なきを得たのだが、上手に効用をユーモラスに示しながらも、国家政策の効果に意を唱えた甲賀に拍手を送らねばなるまい。私的相対評価=☆☆☆ 毒ある花(2015/10/18「大白書房「支那服の女」(1942年1月)」で初読後に記す)支那の重慶から15年ぶりに日本に帰国した中嶋清一は中国通として講演することになっていたのだが、 久々の自動車にひかれそうになったところを救ってくれたのが、かつて中嶋が罪人になるところを救ってくれた恩人の息子だった。 講演内容は日本精神のすばらしさで世界平和を!という内容で、いくら中国生活が長くても中嶋にとれば、目を見るだけで日本人か否かが区別が付くというもの。 その夜、密かに事件は発生する。 恩人の息子の若き外交官は婚約者がいるにも関わらず、魅惑的に迫る女に誘惑に抗しきれなかった。 単純にお茶という話だったのだが、実に間諜だったのであっさり眠らされてしまったのだ。 危うく恥ずべき失態で外交文書を盗まれてしまったところを、真夜中に屋敷に忍び込む中嶋清一の非常識な活躍によって、 警察に知られることなく、密かに国家の危機、そして恩人の息子の若き外交官の危機を回避するという話になっている。 いろいろ常識外れな設定が気になるところだが、中嶋自身、かつてやんちゃした人間のようだから成り立つのだろう。 また、ある意味、蓋然性でいう国家の利益よりも個人の恩義を優先させるという、そしてそれも日本精神と言わんばかりの挑戦的な作品となっている。 私的相対評価=☆☆☆ 揚雲雀勤めている工場の爆発事故により、父は片耳が機能不全になり両目は失明寸前の視力低下となってしまった。そのことからラジオを譲り受けていたが、 息子は工場にも行かず夜学にも行かず、何をやっているのか分からない状況となっており、非常に憤る日々であった。そんな父に対して母は そんな息子の心情をかばっていたが、そんな時、 町のお巡りさんが近頃工場で窃盗事件が行ったことを告げにやってくる。息子が直接疑われているわけではないが、放蕩していると思っている息子 のことなので心配でたまらない。そこにラジオから聞こえてきたのが、まさに「あげひばり」と言えることだった。 探偵小説解釈も出来ないのでお勧めできるものではないが、普通小説としては爽快な意外を得られる良い小説となっており、甲賀三郎流の普通の小説と言えそうだ。 私的相対評価=☆ 奇蹟昭和17年1月刊行の大白書房「支那服の女」で読む。アルミより軽くて鋼鉄より弾力と堅さがあるという金属を発明した博士は殺害されたが、その化学式などを記した秘密書類は 盗まれずに済んでいた。そして金庫に厳重に保管したのだが、 そこに恐るべき西洋人が現れ、保管関係者の娘に迫るだのだ。殺人者の娘、その上売国奴になりたくなければ、それを寄こせと。 金庫破りによるまるでコントみたいな展開からの奇蹟的な展開。痛快だが、本当に奇跡的偶然というのが何とも面白いけど、国家危急をかけた壮大なコント いや、そこが時代を掛けたウィットだとすれば凄いのだが。 章題は次の通り 秘密書類/ああ父の罪/擬装書類/何たる悪漢/金庫破りのエキスパート/書類は遂に!/ああ、この喜び 私的相対評価=☆☆ わしや敗けた戯曲形式の作品。大家の爺さんは国家を救うことを妙な大義名分にしつつ私欲を貪ることも視野にして、 2つの隣家の借家人を追い出し、巨大アパートを建てようとしていた。特に手強い先祖代々の家を言い張る男を追い出すためのサックス奏者の住民だったのだが、 あまりの練習音の前に強欲爺の方が先に参ってしまう。 ようやく追い出す形になったにも関わらず、シニカルな結末が笑える戯曲として想像すると、 お笑い要素たっぷりのセリフから、サックス芸まで、そして結末と、まさにコントみたいな舞台が目に浮かぶよう。 私的相対評価=☆☆☆ 上海奇聞 カシノの昂奮犯罪絡む探偵小説では無いながらも、ハラハラドキドキを味わえる作品だ。それにトランプトリックも出て来るのも嬉しい。上海のカジノを舞台に、ある日本人はイカサマ師相手にドンドン金を削られていた。独人が忠告するも、その日本人は自暴自棄にわざと負けているのだという。思い人が死んで終ったという理由で今まで必死に貯めた金に意味が無くなってしまったからだった。しかしその実、生きていた恋人、日本人は一転して負けられなくなってしまったが・・・。もう一人の日本人が名探偵さながらにイカサマを見破り、ハッピーエンドをもたらしたのは美事な手腕と言えるだろう。私的相対評価=☆☆ 泥棒と狂人痛快なユーモアもの。今で言えば良くある漫画的な展開だが、当時としてはどうだったのか? ある拳闘選手は三年前に打ち所が悪く記憶喪失になっていた。いまも寝たきりで妻のことも覚えていない悲劇。その家に昔の拳闘仲間達が友情の寄附金を得る試合をし、そのお金が金庫にある。留守宅、少し間抜けな泥棒が活動をはじめる。しかし何と云うことだったろう。金庫に金属音を響かせてしまい、それが記憶喪失の狂人の眠れる本能を呼び覚まし、拳闘スタイルで寝ていた狂人が目覚めたのである。その後の展開はお約束どおり。警察ではなく、医者がやって来、泥棒は英雄になり、狂人とその周囲は光を取り戻したのである。ああ、ユーモア。この馬鹿馬鹿しさは十分面白い。私的相対評価=☆☆ 海の掟ようやくの思いで船長になり相思相愛の人と結婚した主人公。しかし船長の運命は恐るべき葛藤に見舞われてしまう。出産の際の妻がキトク、この電報と、近海の旅客船からのSOS信号、この恐るべき葛藤。ただでさえ暴風雨で難儀している中、船長は選んだ道によって幸運を掴んだのである。しかし難を言えば、幸運すぎるこの結末というわけにはいかない実際の世の無常的結末を展開した方が良かったかも知れない。私的相対評価=☆☆ 二枚の切符東北を思わせる地方の城下町には、男爵の放蕩息子を探しに雲井探偵と助手の仙吉がやってきていた。そこに女を追いかける豚男が現れ、仙吉が撃退されるが、この仙吉は昔の癖で、財布を財布を掏ってしまう。その財布の中に偽札が入っていたり、そしてその豚扱いされた男からは東京行きの二枚の切符が送られてきたり、しかもそれが青色(二等)と赤色(三等)だったり、そこに謎の指紋が付いていたり、 絵を描くしか出来ない放蕩息子と追いかけられていた女、そして豚扱いの男、そこと恐るべき偽札詐欺師の間の連絡とはいかなるものだったか。 二枚の切符から依頼および大事件の解決に繋がっていくという話。 二枚の切符に証拠の指紋の効果を持たせるのは一寸無理矢理感はあるものの、仙吉と雲井探偵の軽妙なやり取りは面白い。 私的相対評価=☆☆☆ |