甲賀三郎・小説感想リスト昭和三年 |
正夢京城日報昭和3年正月1日に載った小説。正月に載る必然性は全くないとは思うがが、もしかしたら京城日報に、そして一面ほぼ全部使って1日読み切りで載せた意味はあったのかもしれない。表題通りの話で犯罪小説。登場人物も舞台も日本だと思われる。犯罪を企む雇い人の書生の犠牲にならんとしていた主人公は婚約者の正夢によって九死に一生を得るという話。 論理性は全く無い女の直感系であり、それゆえに探偵小説とは言えないが、生々しさと現実的に有り得ない話ではないという点では読む物に対して訴求効果はあったと思われる。 私的相対評価=☆☆☆ 真珠の粒時事新報に3回連載されたもの。戦前の公務員は本当に貧乏職だった。薄給の警察巡査が捕まえたかっぱらいの少年は、父が盲だと言うが、盲が治りかけという。そこで少年が売ってしまった狸の置物をその日暮らしで売ってしまい無くなってしまっていることが父に露見すると困るという話をした。薄給の巡査はお人好しの善人だったため、自身貧乏にも関わらず自家に伝わる似たような狸の置物を少年にプレゼントしてしまった。 案の定、少年の父は盲でもなく、愚かな巡査を罵り、狸の置物に対しても投げ捨ててしまったのだが。。。 奇跡的な結末になるところが、善人に対する回答ということなのだろう。 私的相対評価=☆☆ 原稿料の袋甲賀三郎に擬せられた探偵作家の土井江南が、満谷潤(水谷準)と床水政司(横溝正史)が付き合ってくれなかったばかりに、そして更に井戸川蘭芳(江戸川乱歩)の影響を受けて、夜中の浅草を珍しく彷徨き廻ろうなどと考えたばかりに遭遇した怪事件。愉快度・痛快度は圧倒的であり、「琥珀のパイプ」などでお馴染みの葛城春雄を登場と、原稿料の袋の謎の解明、土井江南の絶体絶命の危機などなど面白い作品だ。私的相対評価=☆☆☆☆ 畳を盗む男大掃除の家から畳が盗まれるというナンセンスな事件。しかも同じ畳屋の所からの畳が切り裂かれるという事件が以前に二つも起きているのである。紺野刑事は怪しみだして調査に乗り出すが・・・。お馴染みの葛城春雄シリーズで、この作品も手紙で解決してみせる所はさすがである。以前と以後の二つの殺人事件が絡むこの事件の解決はいかなるものだったか。なかなかの面白さと言えるだろう。私的相対評価=☆☆☆ 日の射さない家単なる怪談話と思いきや、意外な真相が。怪談らしく思っただけに妖異な展開で、死んだ姉に似た大根洗いの女、文字通り日の射さない陰気な幽霊屋敷の白い顔といったものが出てくる異様さで、最後のトリック判明で怪談が、探偵小説に変ずる所も面白いポイントだろう。私的相対評価=☆☆☆☆ 嘘ほんの2ページの掌編。面白味も少ない。悪意の嘘ではない嘘の結末は・・・!?私的相対評価=☆ 理学士の憂鬱変格物。詐欺の被害記事を見て、憂鬱になった理学士。それは何と羨ましいからだった。恥ずべき羨望。男は自身の収入の少なさから考えて、そう思ったのである。しかしその渦中に巻き込まれてしまうことになり、親切のつもりが更なる憂鬱をせしめたのだった。私的相対評価=☆☆ 神木の空洞高笠武郎ものの長篇。空洞は[うつろ]と読む。この主役の探偵小説家、云うまでもなく甲賀三郎の読みを変えつつ漢字書体を変えた名前であり、甲賀のユーモアが一目でわかる。高笠は東京から近いが、日帰りまでは無理という距離の田舎に来ていた。そこの村には東京から嫁いだ美麗な人もいたのだが、その女を中心に事件は展開し、高笠は巻き込まれてしまう。それは指環盗難事件であり、重要書類紛失事件。更に旧知だった覆面の怪盗が盗んだと新字悪を得ない状況・・・。しかしこの紛糾した事件を更にややこしいモノにしていったのは、まさにお人好しの高笠その人であったのは面白い所か。さて、神木は村では尊敬されるものとされていたが、そこの空洞にあったものは? と言いつつも余り全体の話には絡まなかったのはタイトルにしている以上、勿体ない所だろう。プロットが複雑に絡み、プロットの渦中にワトスン的な高笠がいるのはいいのだが、いかんせん高笠の力量の無さに物足らなさがあり、むろん他に覆面の怪盗や女衆の魅力溢れる活躍はあるものの、話の進むままに巻き込まれた無能者・高笠武郎の物語と化してしまっていると言えるだろう。 私的相対評価=☆☆☆ 人造絹糸春田能為名義のユーモア科学小説シリーズの第一話。登場人物の別尾紫蘭、別尾菊子、理学士の陸津説男の名前自体がギャグである。さて、内容は今の時代に読んでも仕方がない気がするが、人造絹糸ことレイヨンの作り方を面白可笑しくユーモアを交えつつ説明する科学小説。生糸輸出で強力な日本に将来対策が必要だゾ、ということも示唆している。私的相対評価=☆☆ セルロイド春田能為名義のユーモア科学小説シリーズの第二話。セルロイドはどうして燃えるのか、をユーモアを交えて科学談義。ユーモアが面白い。私的相対評価=☆☆ 井戸から上った怪屍体探偵実話とのこと。確かに怪奇実話らしい読み物ではあるが、「私」が登場人物として活躍しているのを見ると、本当かな!と思う点もある。話は失踪した兄弟二人と井戸の怪屍体の謎である。私的相対評価=☆☆ 惣太の受難久し振りで町に出た惣太は受難に遭遇してしまう。と言うのも、警察警察と言われて、つい夜盗であるはずの彼が、警察の弱味から、全く身に覚えの無いはずのトラブルから逃れると言った塩梅というわけなのだ。それは情けなくもあり、しかもあげくに金まで取られてしまうといった状態だ。その惣太、物語の最後では警察にいるが、はてここに至る面白さがあるのだ。三年間、主人の娘を探し続けている雇い人、それは自身のミスによるところもあったが、惣太が遭遇した受難がこの事件にリンクして、惣太は真に心優しきおじちゃんになったのである。相も変わらぬユーモア的展開はもちろん、ちょっと人情ある温かい活躍が面白い。私的相対評価=☆☆☆☆ 空中窒素春田能為名義のユーモア科学小説シリーズの第三話。今度は食糧問題肥料問題に言及。それを解決する技術として空気中の窒素が登場する。私的相対評価=☆ 暗号研究家名は不明としてあったが、葛城春雄シリーズである確率が高いように思う。何でも「編輯局より」の横溝正史の文章によると、「琥珀のパイプ」の姉妹篇だよ、と甲賀自身が折紙を附けたとのことだからだ。良く言えば、それだけの作品だけに面白くあったが、ある意味では、新鮮味に欠けた同じ手法に過ぎないとも言えるだろう。三枚の暗号の行方と二つの怪死事件とアザ、そこに宝石と関わる謎と、謎々に充ち満ちた本格である。残念な点は暗号そのものを読者に考えさせる余地を作らなかったこと、つまり暗号がプロットに組み込まれているだけで、文中に登場しないのである。これが題名が題名だけに不満に思える所だ。私的相対評価=☆☆☆ 公園の殺人圧巻の冒険推理サスペンスである。怪盗・葛城春雄の活躍する恐らく唯一の長篇であろう。プロットの複雑さではまさに敵なしの甲賀三郎ならではの展開であり、最初に死体を乗せた自動車事件で始まる謎は深まるばかり。そしてある財産を巡る三つ巴、四つ巴の争い。ラストの意外な真相には思わず感動すら湧き起こる。関東大震災の悲劇の巻き起こしたこの事件の恐るべき悪魔のような犯人は、果たして!? なお、いつも思うことだが、電光石火の理化学トリックも甲賀三郎という作者を考えれば、推理の範疇に入ることであり全くアンフェアではない。ましてこれは昭和三年なのである。まぁ、誉めてばかりもなんなので、少し難点をあげると、些かこの時代でも本格とは言いがたい点だが、ホームズ的というより、ルパン的なものを狙っているのは明かであるし、となるとルパンは冒険推理であるのだから、この点で非難する方が的はずれだと思う。私的相対評価=☆☆☆☆☆ 化粧石鹸春田能為名義のユーモア科学小説シリーズの第四話。良い石鹸と悪い石鹸の差と作り方。私的相対評価=☆ 眼の動く人形手塚龍太初登場作品である。「眼の動く人形」と最後の言葉を残して死んだ男のから推察された謎とは!?皮肉的ユーモアと手塚の悪魔的な手腕がなかなか面白い探偵小説である。私的相対評価=☆☆☆ 瑠璃王の瑠璃玉連続ブルドック殺し事件から始まったこの事件は、手塚龍太シリーズ第二作である。発端、隠し方のトリック、探偵犬と興味深い事象もあるが、結末が大したことないばかりか、例のごとく変な言い訳の元に中途半端に終わってしまっている。それと朝鮮への差別的表現が時代とは云えあったことが残念に思えたことだ。【追記】再読してみると、少し印象が変わったので評価も一つアップさせた。打算的とは言え龍太の人助けであるし、しかも国際援助だ。これを続けていれば、筋が展開されているだけにもう少し面白くなっていたのに、と思う。 私的相対評価=☆☆☆ 深夜の貴婦人これは馬鹿馬鹿しいとしか作品である。そもそも探偵小説失格である。華族という縛られた身分の人々の論理が展開される話なのだ。もはや古臭い以上の問題である。しかも眼前にして怪盗でもない素人を、恋人と勘違いするだろうか? この点が最悪の設定であり、また全く探偵する描写も無い事が失格の原因と言えよう。事件は深夜の警察の職務筆問から始まる。にもかかわらず貴婦人は名前を告げない。あげくに血も衣服に付けているのである。その夜、ある映画女優宅裏口に血だらけの死体が転がっていた。宅内には血と形跡のみで無人。貴婦人の息子は恋愛関係と目撃で断然疑われたが、本人は知らぬと言う。はっきりいって、繰り返すが最低の出来である。私的相対評価=☆☆☆ すべてを失つた話ユーモアだが、全く面白くない。ある出世だけを目指し、上司に媚びへつらう男が、一つの失策から奈落に落ちる話である。私的相対評価=☆ 浮ぶ魔島これは真に純粋なるSFの傑作ではないのか。甲賀三郎が昭和三年の段階で、これほどのSFを作り上げていたとは。この手のSF長篇では海野や蘭が思い浮かぶが、時代的に対外戦争を考慮に入れていない段階での本作こそ純粋なるSF活劇と言えそうだ。動く岩礁や海底からの酸素、そして主人公夫婦にとっての仇敵の消失。干潮時のわすかの時間のみ行けるこの奇妙な場所。そこを調査すべく主人公夫婦は足を運ぶが、それが地底の暗黒の科学帝国に迷い込む事になろうとは!? エスペラントを操る猿のような変性人間、二十馬力の機械人形、人造食糧、音声変換タイプ、脳に響く声などなど、SFの要素満載なのだ。人格否定し、機械至上主義者の王を相手にどう展開していくというのか。このSF活劇は、その先進的SF手法への興味に加えて、単純に面白いのである。私的相対評価=☆☆☆☆☆ ニウルンベルクの名画怪異な容貌をした弁護士・手塚龍太の探偵譚。この手塚龍太は怪異なだけでなく、恐るべき打算で動く如何にも人間らしいキャラクターなのである。さて、この「ニウルンベルクの名画」殺人事件だが、複雑に絡んだ謎が面白く、隠された真相が痛快なのである。【追記】再読に関してもう少し書くと、独逸描写がさすがに美事であり、関税官吏を暗に非難しているのも面白い点。 私的相対評価=☆☆☆ 金魚の頭トリックの効果と言う意味で、ドイルの某短篇を彷彿させる作品で、無電[ラヂオ]小僧登場作品でもある。金魚の頭というタイトルはまさにその通り。猫キチガイ被害者宅での全猫の消失と取るに足らないと思われた金魚の頭から、或る殺人事件の真相を見破り、更に市井で起こっていた謎の怪奇、金魚泥棒事件の秘密も解かれたのだから、恐るべきである。書生さんは金魚を料理するなど、気でも狂ってしまったのだろうかと思いきや、それも、まさに鮮やかな手つきの一シーン。この金魚の頭、謎のある本格探偵小説として、これも十分に佳作として位置出来る作品であろう。私的相対評価=☆☆☆☆ 水晶の角玉この美事なまでの力学を利用した物理的隠し方のトリック一つだけ取っても、戦前の日本の探偵小説の中でも名だたる誇るべき逸物という事が出来るだろうというのが本作、水晶の角玉。主人公の父親の老実業家は碁盤を弄くっていたが、突如その足が一本スッポリ取れてしまった。と、そこに見付けたのが奇妙な角形の跡、しかも残りの足の部分には謎のような文字が刻まれていたのである。更には骨董屋で展示してあるのに売らないと言い張る水晶の角玉、これが碁盤の跡にピッタリと来そうなのだ。その後、息子がこの案件を任されるが、そこで見かけた美しい婦人、水晶の角玉を巡るもう一つの流れと交わり謎が全面に出てきつつ、実に見事な隠し方のトリックに辿り着くのである。筋も自然に流れるし、非常に快い本作は面白いの一言なのだ。私的相対評価=☆☆☆☆ 傍聴席の女手塚龍太が打算無し?で動いた異色作であり、秀作法廷探偵小説だ、と言ったら、誉めすぎだろうか!? もちろん難を言えば、材料的に些か本格度は弱く、不合理なな所もはっきり言えば多いのだが、目眩く展開力は美事であり、傍聴席から現れた手塚龍太弁護士の推理に及んではまさに最高潮だ。それにこの物語によって、手塚が警視庁においてもそれなりの力を持っていることも判明するし、官尊民卑の当時の風潮においては、陪審制度はナンセンス的に不適だというのを皮肉的意味で訴えている感じがするのが好ポイントになるだろう。【追記】再読して思った事は、これはやはり大した本格であると言う事だ。上記の難は少し当て嵌まらず、言い直す必要がある。一々評価は変えないでおくが、随分面白い解決と言える・それに甲賀三郎最初法廷探偵小説かも知れないし、官尊民卑非難だけでなく、警察対人民の関係も同様に非難しているにはさすが欧米を見てきた甲賀のセリフとして貴重だと言えるだろう。 私的相対評価=☆☆☆ 丘の上幼い頃に父が家屋敷を売り払った没落地主の主人公は、古道具屋に通い詰めるために、無駄に買い集めていた。その努力も手伝ってか、幸いな事に共通点もあった古道具屋の娘と仲良くなったのだが、その花瓶をめぐって殺人事件が発生。犯人と目されたのは古道具屋の唯一の手代である。しかし調べていくうちに奇妙な事が起こりだし、古道具屋の各種道具の中から暗号の紙片が幾つも出てくると言う不思議。恋愛心理をも主要に大いに絡んでいる本作は、犯人捜しは重要ではない。花瓶をめぐる謎と、暗号の秘密にこそあるのである。もっとも、殺人についてはこの描き方は不自然であるし、慈善行為云々は明らかに不必要としか思われない描写なのが、難点であるが。私的相対評価=☆☆☆ 吹雪の夜[よ]吹雪の真夜中、主人公は懐に大金を入れていた。盗んだ金である。人殺しをもやってしまっていた。吹雪それが悪かった。彼の言に矛盾が生じたのもこのせいで、ペテンの話術に掛かったのもそのせいだった。一応倒叙形式の探偵小説と云えなくもない。私的相対評価=☆ 緑色の犯罪緑の手紙なる幸福の手紙の親戚の流行など他、緑色ばかりに狂的な興味を持つ緑キチガイが指し示すものには、現実的にはあの恐るべきトリックが大いに関係していた。この驚きは如何様であったろうか。殺人事件の連関なども興味深いこの作品には、お馴染みの悪意溢れる手塚龍太も登場し、相変わらずの自身の計算の元にこの事件の真相を暴き出す秀作。私的相対評価=☆☆☆☆☆ 樟脳の煙これもパターンからして何となく葛城春雄らしい怪盗が出てくる探偵小説である。孤児院関係者への謎の物色事件と巧妙な宝石盗難事件が絡み合うという展開で、加えて殺人事件が発生する。そこが些かご都合的でもあるが、樟脳の煙からの推理は面白くもあるだろう。私的相対評価=☆☆☆ 意外な隠れ場処木村清シリーズであり、木村清が私立探偵開業する前の話。どちらかと言えば、意外な隠し場所、なのだが、それも少し違う。 語り手の親方の弟子の大工が、自動車に轢かれて両足に大怪我を負った上に、入院中から退院後までに何度も泥棒に入られるという発端。 泥棒の謎に対処するために、親方は以前の知り合いの苦学生の木村清に依頼することになった。 自動車や靴紛失、それが殺人事件まで発展した本事件の探し物が取った意外な隠れ場所とは? 若かりし木村清の活躍もさることながら、まるでブラックユーモアのような意外な隠れ場所の真相やそこに至るまでの展開も面白い。 私的相対評価=☆☆☆☆ |