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偶然が重なる話

甲賀三郎
  

 僕も続き(※1)に話そうと思うが、そういう偶然が僕にもあるんです。それは然し小説的のことではないから、予[あらかじ]めお断りして置きますが、私が中学を卒業した年――高等学校へ入った年ですが――兄がその時分東京で勤めてたものですから、そこへ下宿していた。其処[そこ]の主人がこれも若い。三人で塩原へ行った。それが塩原へ行った始まり。ところがその下宿の主人というのが、若いにも拘[かかわ]らず間もなく死にました。兄も去年死んでその三人行った中[うち]、私だけが残ってあと二人は死んだ。それから高等学校へ入って、学校の演習が宇都宮にあって行った。それで同室の者七、八人と一緒に塩原へ行った。その中で、後にバタバタと、二十代、三十代になってから三人死んで居るのです。それから大学を出て、最初[はじめ](※2)和歌山の染料会社に勤めた時に、其処[そこ]の技師長をしている人と、それから大学の応用化学を一緒に卒業した連中と、これが五、六人だったが、第二回(※3)の塩原行きをやった。そうすると技師長というのが矢張り若くて、三十代で死んだ。それから一緒に行った連中が二人も死んで居る。四度目には若手連中と行った。これが若[も]し死んだら少し考えなければならないと思ったが、四度目の時は誰も死なぬから安心した。次に五度目が松崎天民に平山蘆江、その時にはとうとうその話を打明けた。今度で五度目だが、二度までは一緒に行った人が、パーセントにするとかなりの人が死んで居る。だから若[も]し引続き四度目にも死んで居[お]ったら、友人達を殺すに忍びぬから考えるのだが、どうやら四度目で止ったようだから安心して呉れと言って出掛けた。そうしたら間もなく松崎天民が死んだ。これはまぁ死ぬべき人が死んだと思って居るんですが、又近く塩原へ行くことになって居るので、一寸考えさせられていますよ(笑声)。尤も宿は別です。これは偶然でしょうけれども、妙に死人ができる。その話を或る人にしたところが、その人は「僕が行くとその宿が必ず焼ける。それも一度や二度じゃない。先年奥日光が焼けた時も、伊香保の火事の時も、とにかく私が温泉へ行って帰って来ると、間もなく火事が出た」というのです。
江戸川 そういう偶然の一致は、別の考え方をすれば理由[わけ]があるのかも知れないね。
甲賀 これは平山蘆江の話だが、平山蘆江や長谷川伸が都新聞の記者時代、非常に尊敬して居[お]った伊藤みはるという先生がいて、それが死んで間もなくほやほやのところで、松崎天民と三人で飲んだが、何処[どこ]でも四人に扱うというのだ。何処[どこ]へ行っても座布団は四つ敷いてあるし、お膳が四つ出る。
浜尾 それは昔の話にもあるね。然しその連中の創作ではありませんか。
甲賀 ところが実話なのです。
城 旅役者の話にそれが多いですね。


(備考―管理人・アイナット編)≪新字体に変換≫
(※1)城昌幸の話である「奇縁三人の女の話」を受けて、という意味である。
(※2)最初の二文字で、はじめ、と読む。
(※3)第二回とあるのは、第三回の間違いであるのは言うまでもないだろう。
これも【持寄り座談会】というコーナーであり、江戸川乱歩、浜尾四郎、城昌幸の三人がコメントを返している。しかし乱歩の言う理由って一体(笑)。甲賀三郎がお得意の理化学トリックで旅で反目した相手に時間差殺人をしたり、気に入らない場所に時間差放火をしたというのだろうか…、ってなワケはないですね(笑)。