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ハンブルグの活動写真見物
 =ドイツ通信=

在伯林 春田能為
  

 ◆二つの心配
 ハンブルグで恐々活動写真を見物に出かけた。恐々というのには二つの理由がある。
 一つはアメリカ、イギリスなどで、近来[ちかごろ]の独逸は大分物騒だということを聞いて来たからである。現にハンブルグの自由港を見物に連れて行って呉れた三井物産の独逸人が、彼処[あすこ]にはボルシェビイキが居ると教えて呉れた位だ。然し、いくらボルシェビイキだって、やっぱり音羽屋ビイキとか何とか贔屓とかいうのと同じで、そう無茶に乱暴はしやしない。寧ろ現在の独逸は案外に平穏無事だ。
 この物産の先生と物産の自動車に乗って模造[まがい]の虎の毛皮かなんかの膝掛をかけて、例のエベル川の川底を渡るべく、エレベーターに入った時には一寸驚いた。自動車のまま入れる大きなエレベーターにも驚いたが、それよりも廻りに立ん坊やドッカーの風体の悪い奴が一ぱい立っているのだ。その人群と一緒にエレベーターも地下へ降りるのだが、自動車に乗って模造[まがい]にもせよ毛皮の膝掛を平然とかけているのには、一寸気がさした。
 然し、連[つれ]の独逸人が平気でいるから、僕も平気ですましていたが、別に何事も起らなかった。そんな訳で案外独逸は平穏無事だ。
 僕の宿[とま]っている所は何とかいう大きな池の側にあって、東京ならば一寸池の端とでもいう所。頬被りでもして出て来てゴォーンと鐘の音で見得を切るには持って来いの所だが、夜中は流石に少々恐いような気がする。元来僕は公用以外は成るべく日本人と歩かぬことにしている。公用の時は便利だから成るべく一緒に行[ゆ]くが、私用の時だって便利だけれども、時には余り便利すぎることもありそうだから。
 ハンブルグは実に暗い町だ。これで独逸第二の町というから驚く。暗い池の端を通って行くと、暗い所には所々[しょしょ]に女が立っている。そして何とか話しかけて呉れるが、尤も此方[こっち]にはよく判らない。
 一体欧米では女が、見ず知らずの男に話しかけることは禁じてある。(法律で禁じてある訳じゃないが)そこで道を聞くにも男は男同志、女は女同志というのがまぁ通例だ。だから我々に話しかけるような奴は殊によったら女巡査=魔性の女かもしれない。この魔性が伯林では真昼間[まっぴるま]に出没するんだから、実際驚く。
 ところで、漸く魔性の危険区域を通り抜けて、目的の活動に着いた。が、偖[さ]て忽ち困るのは、場席の通訳だ。アメリカではオーケストラ・ストールとか、メイフラワーという。英国ではストールだったと思う。独逸では一番下は何というのか見当がつかない。そこで観覧料の定価表を見ると、上から二三番目のところに、バルケットというのがある。中性だか解らないから、兎に角、「ビッテ、アイン、バルケット」とやっつける。「ヤア、シエーン」とちゃんと切符を呉れた。入ってみると、いい塩梅に下だった。

 ◆一個八十銭の鶏卵[たまご]!!
 そうそう、はじめに二つの心配があると云ったが、もう一つの心配は独逸の活動写真が判るか知らんという事だ。西洋では御承知の通り説明がない。これは無い方が余程いいが、アメリカでも英国でもどうやらよく判った。
 然し、独逸語で説明を出されては一寸苦手だと思って、恐々入ったんだが、案ずるより生むが易い。妙なものでよく判る。話の前後がよくわかっているのと、独逸語が不器用な言葉で英語のように短くてしゃれた言葉がないからである。然し、それよりも大体映る絵を見ているから、よく解るのだろう。
 これで思い当たることがあった。学校に居た時分、独逸語の試験に、何しろ平常[ふだん]怠けているものだから、前日[まえび]に出そうな処の話を聞いて置く、これが大分助けになった。こんな勉強法をしていたから今になって後悔するのだ。
 始めに映ったのは、アメリカの滑稽物だ。説明は英語で出て、しばらくして独逸語になる。僕には英語が解るから、「ハッハ……」と笑う。と、暫くしてから見物人が皆ドッと笑った。してみると、独逸にだって英語の読める奴は余り居ないらしい。
 活動小屋はうす汚く小さい。尤も僕の行った所は上等のところでなかったのかも知れない。然し、入場料は相当に高かった。一体独逸の物価の高いには閉口だ(。)ホテルで食料其他に総合計五割の税をかけられたのには驚いた。僕は市税が二割チップが一割だと思っていたので、驚いてカシアに談判に出かけた。此方[こっち]は英語と独逸語とチャンポンだ。向うも英語と独逸語とチャンポンだ。ところが、困ったことには此方[こっち]は英語の方がうまくて独逸語は拙いし、向うは独逸語の方がうまくて英語が拙いんだから、話は一向通じない。結局、物別れで払っただけ此方[こっち]が損をしてしまった。
 朝飯が麺麭[パン]と珈琲――それも、砂糖は顕微鏡で見なければ解らない程、小さい奴が二かけほどしかついていない。それで二マーク。五割の税だから三マークになる。
 僕はアメリカ以来の癖で毎朝フライドエッグスを食う。日本で俗にハムエッグスという――そのハムの無い奴で要するに卵をフライパンの上に割って、ジュウジュウいわした奴だ。これを独逸ではスピーゲル、アイという。この名前には感心した。なるほど卵が鏡のようになっている(。)名前には感心するが、値段には感心出来ない。この卵二つが二マーク、税がかかるから三マーク=一円六十銭以上だ。一個八十銭の卵を食べたのははじめてだ。
 それに酒の高いのにも驚いた。ビール一杯四五十銭もする。それも台付コップに入って来るので、内容は至って貧弱だ。
 これは、後で伯林で気がついたことだが、独逸人は相当いい服装[なり]をしている奴でも、ビールのお代りをしない。チビチビと飯の始まりから終りまでかかって楽しんで飲んでいる。
 ビールから見ると葡萄酒は安いようだ(。)僕はアメリカで禁酒で通したのに、病気にもならないから、これは禁酒しようと思った。ところが、英国へ来ると酒が安くて皆実によく飲む。酒場[バア]に入って女が立飲してしているところなどは、恐らく英国でなくては見られぬであろう。一体英国は物にかまわぬ国で、電車の中でも、活動の中でも皆煙草を吸う。尤も電車は、「スモーク」と書いてある箱に限ることになっているんだが、英人は「一体煙草は飲む人の方が多いんだから、スモーキング・カァを廃して、ノー、スモーキング、カァをつけよう」などと云っている。

 ◆葡萄酒の失敗
 ところで、兎に角安くて旨いから、英国では飲まなくては損と許[ばか]り、僕も大分飲んだが、葡萄酒では非道い目に遭った。或るレストラントへ晩飯を食いに行って酒を注文したが、其家[うち]は酒の無い所なので、小僧が外へ買いに行くのだという。金釦の洋服(外国へ来て洋服[△△]も変な言葉だが)を着たボーイが直立不動の姿勢で立っているので、「葡萄酒を買って来い」というと、やがて大きな壜を買って帰って来た。
 ホテルでは小壜で、三志[シリング]位だから大方小壜だろうと思って、――大壜でしくじった話はK君から聞いて居るので、大いに警戒し乍[なが]ら――三志[シリング]やって買いにやった。処が持って来たのは頗るつきの大壜だ。しまった! と思ったが、残すのも業腹だから、大方飲んでしまった。ところが、ポートワインは却々[なかなか]酔う。英国は金の勘定が難かしいから、ズボンのポケットから、金銀貨――おっと、金は無かった――とりまぜて掴み出し、給仕に「よいだけ取れ、お前に一志[シリング]やる」と云った。
 それから隣りに印度人みたいな奴が居たので、(僕は平素無口だが、酔うとよく喋る。太平洋上サイベリア丸で船酔で閉口していたが、或る日大分飲んで酔払った時、日本語と英語で一同を煙にまいたことがあった。そのお陰で僕は急に有名になって、外国人までが翌日から僕に挨拶するようになった。或人は僕のことを「酒を飲まないとおとなしいかたですが」とほめたそうだが、ナニそうじゃない。実は、船に酔って弱っていたのだ。)その印度人先生と握手して、お互いに有色人[カラード]だから友達になろうじゃないかなどと盛んに気焔を上げて酔歩蹣跚[まんきん]ホテルに帰った。ホテルが近かったからよかったけれど、もしレストラントがピカデリーの近所ででもあろうものなら、それこそ魔性の手にかかって非道い目に遭ったかもしれない。全く昔から慎むべきは酒色というが、成程酒を慎しむ方が先だ。謡の一角仙人、芝居の鳴上人だかに、確しか、「すでに飲酒を破りなば、邪淫妄語に至りぬべし」とか書いてあったと思う。昔からやっぱりそうと見える。それ以来、ポートワインは飲まぬことにしている。
 伯林に来て真先[まっさき]に景気のよいのに驚いた。尤も世界で三番目の街だから、これ位はあたり前だろうが、ハンブルグの景気から推して想像していたから、少々驚いた。後で聞くと、ハンブルグは伯林の次は次でも伯林が人口四百萬で、ハンブルグは百萬足らず。だから一寸桁が違うのだ。伯林は全く賑[にぎや]かで、市内の店なども却々[なかなか]立派だ。勿論、アメリカや、英国みたいに、素敵に値段の高いものはないが、五百マークや六百マークの品物は何処の店にも並べてある。ウェルトハイムというデパートメントストアなんかも却々[なかなか]美麗に飾り立ててあった。

 ◆英人―米人―独人
 伯林[ベルリン]は倫敦[ロンドン]みたいにうす汚くなくなく、紐育[ニーヨーク]みたいに、高い上に真四角な建物ばかりでなく、美しい気持ちのいい都会だ。然し、人間は気持がよくない。人間の気持のいいのはアメリカも悪くはないが、何といってもイギリスだ。一体に独逸人は横着だ。第一に金だ。電車に乗る時に切符を買うと「チェーンプエニッヒ」と云う。そうして払う紙幣[さつ]は百ミリアー、●ンマーク、即ち一千億マークを勝手に十銭[プエニッヒ]にしてしまわれる。何といっても一ポンドを十八マークにしか替えて呉れない。十円は十九マークにしかならない。実に横着なものだ。英米独を一口に云うと。英人は狡猾だ。米人は我儘だ。独人は横着だ。それに独逸では一般に言葉が多い。言葉多ければ品少し、と昔から云われている。独人は食事も早いし、電車の飛び乗りはやるし、電話は大きな声で呶[ど]鳴るところ、丁度日本人によく似ている。然し、感心な事は一寸飲食店へ入って席をとるときにも、前や横の人に坐っても構いませんかと挨拶することだ。そうして立ちがけに屹度挨拶して出て行く(。)これは英国にもアメリカにも見られなかった。日本には無論ない。
 英人は実にずるい。都合が悪いナと思うとじきに引込める。そうして相手の機嫌の直った時分に又出す。転んでもただ起きぬのは英人だ。それを紳士の看板を汚さないでやるところが偉いのだろう。ところが、日本人も転んでも只起きぬ方だが、すぐに紳士の看板を外してしまうから情けない。米人は殿様の将碁[しょうぎ]みたいなもので、都合が悪いと呶[ど]鳴り出し、時々お飛び越しをやる。ドイツ人は下手な碁打ちみたいなもので、手を抜くことを知らない。碁に悪手を打ったら手を抜けということがある。しまったと思ったら知らん顔して外[ほか]を打つ。然しこれは却々[なかなか]素人には出来ない。早い話が、僕だって葡萄酒の大瓶を見てしまったと思った時に手を抜けばよかったんだが口を抜いたので失敗してしまった。
 戦争でもそうだ。始めに英国が参戦して之は見損じだ、危いと思った時に、あきらめればよかったのだが、これが独逸には出来ぬらしい。そこへ行[ゆ]くと、英国は何[ど]うしても有段者だ。活殺自在である。仏国も下手な碁打ちらしい。一本調子で手を抜くことを知らない。独逸に対してもその通りである。嘗て、僕が倫敦からハンブルグへ来る途中、汽車の中で一緒になった英国人が「英国は夙[つと]に独逸と仲直りをしている。何故仏国は戦争がすんだら、すぐ独逸と握手しないか? 独逸を滅亡させようと云うのは無理な話だ。六千萬の国民を殺す事が出来るものか![マン・キャン・ナット・キル・ザ・ネーション・オブ・シキステイ・ミリオン]」と云っていた此男は実に英国そのものという男で、彼の云う通り英国は独逸を亡したって仕方がない。それよりも、いい加減の所で、助けて置いて自分の腹を肥やすことの方が得策だと心得ているのだが、仏国はそうはやらない。然し仏国の一本調子も考えものだ。

 ◆探偵と探偵小説
 一体、この男はフラッシングで汽車に乗るとすぐに僕の室へやって来た。英国やオランダの汽車の寝台は日本やアメリカの汽車の寝台が列車の進む方向に平行してついているのと違って、汽車の動く方向に直角になっていて、上下一組ずつちゃんと一つの室[コンパートメント]になっている。僕は幸[さいわい]にも自分一人で一の室[コンパートメント]を占領出来たので、これは旨いわいと思っているところへ、この男がひょっこりやって来て、馬鹿丁寧に前置きを長たらしく始めたのだった。
 一体日本語は、丁寧な言葉は頭にもくっつけるが、多くは下の方へ長くくっつける。「さよういたしましょうでございましょうか」なんていう言葉があるが、之に反して英語の丁寧な言葉は頭につく。それも長いほど丁寧だ。 "Will you" よりも "Winll you please" の方がより丁寧で、"Will you please have the kindness to ・・・・・・" とでも云えば、、猶丁寧だろう、殊によったら "Would you like to let me have the honour of you kindness to ・・・・・・・・・" とでも云えるかも知れない。
 ピカデリーあたりの交通整理の忙しいお巡査[まわり]さんに道を聞く時なんかに、もしこんな長たらしい前置きを述べたてたら随分間の抜けた話だが、然し、英人は血の巡りが悪いから、前置きなしにやると面くらって解らぬのかも知れない。この英人も其時矢張りだらだらとこの前置きを一分許[ばか]りもやっていた。
 僕は、「ハハア、奴さん、何か頼みに来たナ」と思って待っていると、果たせる哉。『自分はハンブルグまでの切符を買ったが、寝台を取るのを忘れて困っている。ところが、貴下[あなた]は誠にお幸せなことには二つの寝台を持っていられるから、一つの方を使わせて呉れないか?』と云うのだ。実に丁寧なものだ。何も僕は二つの寝台を買った訳じゃなし、日本ならばそんなことをわざわざことわる奴はありやしない。
 余[あまり]丁寧だから、僕も「さあさあ何うぞ[ウイズ・プリー・ジュア]」と云ったが、後で考えてみると、 "yes certain n" 位でよかったかも知れない。そこでこの男と一緒に一夜を明かすことになったが、先生話好きでだんだん前置きを略して来る。そのうちに「日本に革命が起るか?」と聞き居った。
 一体、英人は――独逸人もそうだが――一般に日本と米国を喧嘩さそうと思っている。昔も日本と露西亜を喧嘩させて味をしめたものだから、日米が戦えば、英国が得をするにきまっているし、その次には日本に革命の起る事を、興味を以てみて居るのだ。他人[ひと]の国だと思って、実に怪しからん奴等だ。
 そこで僕は、「日本には決して革命なんか起らん」と云ってやった。そうすると「一体、 "King" ――」というから、「 "King" じゃない。 "Emperor" 」だと教えてやった。そうすると、「 Emperor は露西亜の皇帝[ファル]と同じだろう?」と聞くから「絶対の権力を持つ上に於いては同じである。然し乍[なが]ら、我国の天皇の仁慈なる事、決して嘗ての露帝[ファ−ル]のなしたる如き事をなさらないのである」と教えてやった。奴さん感心した様な顔をして聞いていたが、解ったか何[ど]うか?
 これは後の話だが、話の行違いで驚いたことがある。伯林へ来て、或る独逸人を捉えて「僕は探偵小説が好きだが、独逸に専門又は専門に近い雑誌があるなら教えて呉れ、書物でもよいが、なるべく雑誌がよい」と云った。いや云ったつもりだったのだ。ところがあとで考えると先生一寸妙な顔をしていた。そして曰く「俺の友達に詳しい奴が居るから調べて置こう」と云った。それから暫くして逢うと、「此[この]間の事はむずかしいので、未だ調べてない」と云う。僕はそんなにむずかしい事はあるまいが、と思っているとそのうちに、其男が、「お前、探偵か?」と僕に聞くので、だんだんよく聞いてみると、此方[こっち]は探偵小説と云った積りなのが、向うでは探偵そのものの研究即ち探偵術とか探偵学ともいうものの研究と勘違いをしていたことが解り、何[な]あんだ小説かと云って大笑いをした。然し、もしこの先生に、「彼奴[きゃっつ]は日本政府の密偵だ」などと密告されようものなら、今頃はこの首が飛んでいるかも知れない。ブルブルブルブル……。

 ◆今後の世界は生産力!!
 話が大分横道に外[そ]れたが、伯林に来た時には一寸驚いた。第一にハンブルグの景気ではホテルはカラ空[あき]だったので、伯林も予約する必要はなかろうと思い、いきなりパラストと云って、ハンブルグのホテルと同名の所へ来てみると、満員で断わられたには泡を食った。仕方がないから三菱へ電話をかけて、カイザー・ホツフという街へやっと落ちついたが、相変らず高い税金がかかる。値段はアメリカと同じ位だが、設備は問題にならん。アメリカでは室[へや]の中は暑くて耐えられぬほどで石鹸は毎日とりかえる。紙は使い放題というのだったが、伯林では紙などは置いてないし、石鹸もない。然し、ハンブルグとは違って、ホテルの食堂も明るかったし、それに大分客もあった。旨そうなものを車に積んで売りに来たが、涎が出るほど欲しかったが、いくら取られるか解らぬのでやめた。三菱の人が親切に、ホテルは馬鹿らしいから、下宿にお入りなさいと云って、下宿を紹介して呉れた。
 独逸人は非常に音楽が好きだ。何[ど]うも音楽とは縁の遠い国民のように思われるが、これはビスマークの政策かなんかで音楽を矢鱈に奨励した結果ではないかと思われる。兎に角、独逸では、困り乍[なが]らも大抵のレストランに音楽がある。僕は未だ行って見ないが、オペラ劇場は数えきれないほ程あって、皆かなり繁昌しているらしい。独逸人は困り乍[なが]らも日本人よりはよほどいい生活をしている。
 それに独逸の女は実によく働く。世界で恐らく二番目だろう。一番目は無論、日本だ。日本人はよく働いて倹約する癖に、つまらん無駄が多いので貧乏している。
 日本は一刻も早く金持にならなければいかん。僕は独逸が勝手に一兆マークを只のマ−クにしてしまって、外国とは外国の金で取引して、内地では外国と没交渉にマークを通用させているのを憤慨して、「これはよい方法だ。仏国も墺国もやったらよかろう」と成人に云ったが、そんなことは出来ないそうだ。
 兎に角、現在の独逸には生産力があるので、外国との為替勘定が残って行くそうだ。それだから、英米に相当信用があるのだ。国内のマークも工業が保証しているのだそうだ。
 日本も是非国内の生産ということに骨を折って、中途の商人に相場の変動で巨利を占めさせるというようなことはやめなければいけない。 (完)


(備考―管理人・アイナット編)≪新字体に変換≫
【◆鶏卵】の項の五段目、七段目、十段目にある(。)は原文にはない句読点を私が補助的に付けた。
【◆鶏卵】の項の七段目《ジュウジュウ》は、一応挙げておくと、原文では《ヂウヂウ》。
【◆英人―米人―独人】の一段目の●はどうもよく判読が出来なかった。テやヲのようにも見えるが意味がわからない。同段の(。)については上の説明の通りである。