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私の甲賀三郎・雑記録11

第十一話 暗黒紳士武井勇夫の紹介

今回は武井勇夫について取り上げてみよう。武井勇夫と言えば、表の顔は有名な素人探偵小説家、素人と付くのは作家で生計を立てているわけではないというという意味で、 その探偵作家として著名とのことだ。そして何より裏の顔、それが暗黒紳士と呼ばれる義賊なのだ。
ライバルには探偵の春山誠がおり、表の顔の探偵作家武井勇夫とは友達関係だが、この春山探偵、暗黒紳士を拿捕するのを夢みるほどの仇敵ともなっている。

このシリーズには現在(2019/07/07)時点で判明しているもので以下がある。(リンク先は感想のページ)
救われた犯人(「婦人倶楽部」昭和5年10月号〜11月号)
毒虫(「婦人倶楽部」昭和6年1月号〜3月号)
証拠の写真(「日曜報知」昭和7年5月8日付(102号)〜5月15日付(103号))
暗黒紳士/黒衣の怪人(「講談倶楽部」昭和8年1月号)
夜の闖入者(「冨士」昭和9年1月号)

暗黒紳士が暗黒紳士として知られる理由に悪漢達に対して黒枠の名刺[カード](「救はれた犯人」より)を残していくところがある。
その名刺には「この品が返して欲しければ、その価格の三割を慈善事業に寄付せよ」と脅迫し、その通りにされれば約束も必ず守るところにあった。

「救われた犯人」事件では浅田夫人を救う役回りを演じるのだが、暗黒紳士の暗黒とは暗闇で仕事をするという意味では無く、社会の暗黒面で虐げられた人々を救うという意味だと武井自ら語るのだ。

つづく「毒虫」事件は、浅田夫人の紹介によって、武井に助けを求めるように、 武井を暗黒紳士と知る者は基本的に依頼者に限られており、その依頼者からの伝聞により、新しい依頼が舞い込んでくるというのが基本線となっている。 依頼者は絶対裏切らないという前提があればこそだ。

ただ「証拠の写真」では、四,五年ぶりに暗黒紳士を再開することになったという設定になっていったり、 久々ゆえに慈善事業への寄付価格が二分の一(つまり五割)にアップしているという変化がありつつ、更に悪漢に証拠の写真を撮られるという失態も演じてしまう。
義賊だと解決方法は正直無いところなのだが、なぜか悪漢は口を噤んでいたらしいのは、どう考えても成り立ち得ない。
春山探偵とのやり取りもどうにも白々しいところをみると、バレてないと思っているのは武井勇夫だけのようにも見えるのが、この「証拠の写真」が特殊なところ。
続く「黒衣の怪人」においても、再び二、三年ぶりの暗黒紳士再開とあるため、もしかしたら「証拠の写真」は無かったものにしたのかもしれない。
収録されている単行本が、春秋社「死頭蛾の恐怖」(1935)しかないというのもその推測を裏付けるが、ただ湊書房の全集は戦後の話なので、偶然かもしれない。

現状判明している最後の事件「夜の闖入者」では、もっとも義賊的な働きを見せたといえる。
春山探偵に追われた結果、全く見知らぬ女だらけの家に入り込んだ武山は 本名を名乗りつつ、見事に悪漢に脅迫された姉妹を自殺を敢行するほどの窮地から救い出し、しかも金庫破りのついでに、その悪漢に苦しめらた他の人々の証拠品を回収し本人へ送り届けるという行動をもしている。まさに義賊の鏡のような行動だ。ただ当初のように三割寄付すれば許すというようなこともなくなっていた点は、より悪漢への怒りが極まったとも言えるのかもしれない。

とりとめのない文章になってしまったが、始まりが婦人雑誌だけあってか、窮地に陥った婦人の依頼を受けて、法の裏で不正に利益を得ている悪人を懲らしめるという基本プロットだ。
大衆作家として、日本の大衆に探偵小説のスタイルを広めよう慣れさせようと土壌作りを試みていたのが甲賀三郎だが、 このように義賊ものという時代劇の題材としてもお馴染みの義賊物を現在に当てはめることで、探偵小説のスタイルがいかに親しみやすさを当時の大衆に示したのが本シリーズになっているのではなかろうか。

(初稿:2019/7/7


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